泌尿器科で前立腺がんを見落とされ治療開始が遅れたことについて数百万円以上の和解が成立した事例

2021年07月19日 | 解決事例

医療過誤・医療ミス・問題解決事例

医療ミス・医療過誤の事案概要

四国地方の泌尿器科クリニックにおいて前立腺がんの見落としがあり、放射線治療や抗がん剤などの治療開始が1年程度遅れたトラブルです。

相談までの経緯

このケースでは、患者が今までなかった頻尿を訴えて泌尿器科を受診したにもかかわらず、前立腺がんを考慮せず、患者が総合病院を受信するまでの1年間にわたって前立腺がんの診断が遅れてしまいました。定期的に通院していた泌尿器科医師が、前立腺がんのための検査(尿細胞診や超音波検査など)を行わなかったことを認めたため、患者様本人が示談交渉をどのようにすすめるべきかを知りたいとしてお電話をいただきました。遠方で来所いただくことも大変であるためWEB会議による法律相談をしました。

前立腺がんの見落としと前立腺肥大

がんの見落としは前立腺がんに限らず相談が多く寄せられます。このケースは、頻尿の訴えをして泌尿器科に定期的に受診していたにもかかわらず、前立腺がんのための検査が全く行われず、1年にわたってがんの診断が遅れてしまいました。診断されたときには、すでに前立腺がんの骨転移が明らかになりました。
前立腺がんは、高齢男性に多いがんといわれています。悪性度は、他の臓器と比べておとなしいものが多いですが、良性の変化である「前立腺肥大」といわれて詳しい検査が行われないまま診断が遅れてしまうことがあります。前立腺肥大では、症状が出やすいことに対して、前立腺がんの方が症状が出現するまでに時間がかかることも見落とされる一つの事情としてあります。
しかし、前立腺がんには、他の臓器と異なり、特異的な、特に前立腺がんとの関連性が強いといわれている、腫瘍マーカー(PSA:ピー・エス・エー:前立腺特異抗原(prostate specific antigen)の英語の頭文字からとった略語)があります。PSAは男性だけにある前立腺という生殖器官で産生されるタンパク質で、前立腺癌の診断マーカーとしてFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を1994年に得て以来、米国を中心に急激に広まり、前立腺がんの診断に有効な検査として認識されています。日本でもPSAが前立腺がんの診断や治療効果を判定する重要なマーカーとして広く使用されるに至っています。
前立腺は、「腺」という名がつく通り、多数のくだから構成された構造で、正常な状態であればPSAはこの管の中に閉じ込められていて、血液中には非常に微量のPSAしか出てきません。50歳以下の健常男性では血液中のPSA値は0.6ng/ml(ナノグラム/ミリリットル)と極めて微量です。通常検診ではPSAが4.0以上にあると、癌の可能性があるとして泌尿器科の専門医を勧められ、超音波検査や針生検、画像検査ではMRI検査なども行ってがんかどうか診断されます。
前立腺肥大でもPSAは一定の上昇を示すことがあるため、これまでの経過や症状をあわせて数値上昇が見られるときは、がんによる上昇かどうかを考慮する必要があります。

前立腺がんの悪性度とグリソンスコア

前立腺がんには、ステージⅠからⅣという他のがんと同じ病期分類の他に、前立腺がんの予後や治療成績と関わるグリソンスコア(Gleason score)があります。これは、米国の病理医であるグリソン医師が開発したスコアで顕微鏡でがん細胞を見たときに、一つの前立腺の中でも比較的良いがんと悪いがんが混在している状態を視覚的に表現してスコア化されます。良いタイプは1点、悪くなるほど1点増え、最も悪いタイプが5点と表現されます。前立腺の中で一番大きいがんの点数を1~5点、2番目に大きいがんの点数を11−5点として表し、合計点数で表します。
前立腺がんの見落としでは、本来見つかるべき時点でのステージⅠ~Ⅳ以外に、このグリソンスコアでの遡った評価を行う必要があります。

相談から訴訟までの経緯

ご本人からの相談を受け、まず、任意のカルテ開示によって医療記録を全て入手し、当事務所で検討しました。PSAは上昇傾向にあり、前立腺がんを疑うべき事情があったことが明らかになりました。また、実際に、前立腺がんと診断されたときのステージとグリソンスコアから泌尿器科受診時のがんの進行度を見極め、見落としによって生じた損害を算定し、訴訟外での交渉をはじめました。

相談後の弁護士の対応

示談交渉では、クリニック側も見落としをしていたことを認めましたが、1年前の初診時に見つかっていたとしても、すでにステージⅣだった可能性があるとして、低額の示談申し入れがありました。がん見落としの示談交渉においては「見落としなく理想的な医療が行われていたときのがんのステージ・治療方法」が争いになることが多く、今回のケースでは、ステージⅣ(多臓器転移)をしていた可能性が高いかどうか、が争いとなりました。がんの悪性度、特にグリソンスコアから1年前に診断していた場合に骨転移をしていなかった可能性があることやその可能性を医学文献を加えて示し、相手方に文書で送りました。

示談交渉の結果

見落とし期間が1年と長期であること、患者は何度も受診していたにも関わらず何度も見落としを繰り返していた点を加味する補償額を求め、数百万円以上の示談金(口外禁止の約束のため金額は明示できません)を支払うことで解決しました。

富永弁護士のコメント

がんの見落としは、通常、患者さんやご遺族の思いを補償金に反映させることが難しいケースが多いと感じています。その難しさは、見落としがなかった場合の、がんの進行度やステージを推測するための証拠が(見落として放置されているために)乏しい点や、がんは悪性度の異なる細胞の集まりであるために、進行を予測したり、逆算したりすることが非常に難しい点にあります。これに対して、医療機関側は、見落としたことを棚に上げて、「見落としがなかったとしてもすでに転移していた」とか「見落としがなかったとしても、がんのステージは変わらない」とか「見落としがなくても治療法はかわらないから損害はないはず」などと主張してきます。今回のケースも、本人が何度も症状を訴えて受診していたにも関わらず何度も見落としを繰り返した悪質なケースでした。幸いにも、抗がん剤と放射線治療の効果がありがんの進行をかなり抑えられている状況ですが、骨への転移もあり完治は望めません。「がん見落とし」が何度も繰り返し起こったことは明らかで、医療機関側もその点は認めた上で、早期に発見できていれば、ステージⅣになっていなかった可能性もあるとして、1年間に一定の損害が生じたことを前提とする示談解決に至ることができました。
 がん見落としの医療ミスは、医学的問題だけではなく、様々な法律的問題も孕む難しいケースが多いです。「見落としではないか」とお気づきになられたら、ぜひ一度、医療を専門とする弁護士に相談されることをおすすめします。

代表弁護士・医師 富永 愛

この記事を書いた⼈(プロフィール)

弁護⼠法⼈ 富永愛法律事務所 代表弁護⼠
医師(外科) 富永 愛

医学部卒業後、民間病院で現役外科医として勤務しつつ医療専門に特化した富永愛法律事務所開設。現役医師・弁護士として、開設以来、医療過誤・医療ミスを専門に扱う事務所として、医療に関わる全ての法律問題を迅速に解決することを目指しています。病院・診療所・クリニック・介護施設・薬局・老健施設等、医療に関わる問題は、お気軽にご相談ください。