出産直後に新生児ヘルペスの発疹があったが必要な検査を実施せず脳炎発症し後遺症が残ったことについて示談解決(産科医療補償制度既払い金額を控除し約9000万円)に至ったケース

2022年01月13日 | 解決事例

医療過誤・医療ミス・問題解決事例

産科医療補償制度は出産後の感染症(新生児ヘルペス等)も対象となること

分娩中のトラブルによってお子さんが脳性麻痺などの後遺症を負うことになると一定の要件を満たせば産科医療保障制度によって救済される仕組みがあります。補償の対象となるのは、分娩時のトラブルだけではなく分娩による母子感染の新生児ヘルペスを発症してしまったケースも対象になります。>br />
産科医療補償制度の要件は、身体障害者手帳1・2級相当の脳性麻痺になったことが必要ですが、新生児ヘルペスのように重症化するとヘルペス脳炎に至り後遺症が残ってしまうケースも補償が認められます。

産科医療補償制度の原因分析報告書(新生児ヘルペス)

このケースでは産科医療補償制度に伴う原因分析報告書において、「生後9日目に水疱を多数認める状況で、抗生物質の軟膏を処方しただけで経過観察をしたことは一般的ではない。」と明記し、生後9日に水疱を発症することはまれであり、多発していることから新生児ヘルペスを疑い、鑑別することが一般的であると解説していました。さらに、新生児に異常が認められる場合には、適切な検査、処置が行われるよう、専門医への相談や新生児搬送の考慮も含めて対応することが望まれるとも述べて、単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン、国立感染症研究所ホームページを参考にした記載がありました。
つまり、当時のガイドラインや、新生児医療において、生後1週間から10日頃に水疱が出現した場合には、単純ヘルペスの可能性を考えて診断を行うべき義務を認めた内容になっていました。

新生児ヘルペスとは

新生児ヘルペスは、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)によって引き起こされる感染症のひとつで出生後7~10日以内に発症するといわれています。日本では出産のときに14,000〜20,000に一人が起こると推定されています。このウイルスは、大人であれば、体調を崩したときに口の回りにできる痛いデキモノの原因にもなるウイルスです。
新生児が出産のときに産道を通ったときに感染(産道感染)が約80%、胎内感染が5%、出生直後の家族・病院職員からの水平感染が10%前後といわれていますので、誰でも掛かる可能性があります。重症化すると脳症になることもあります。出産前のお母さんの6~7割は全く症状がないといわれています。新生児に発疹(特に水疱)ができた場合には新生児ヘルペスの可能性を考える必要があります。

新生児ヘルペスの症状

皮膚に発疹がでることで見つかることが多いです。ヘルペスウイルスで起こる発疹は、水疱(中央に水が溜まっているように膨らむもの)ができることが典型的です。皮膚だけの症状のときは、「表在型」というタイプです。脳や神経まで進行してしまう「中枢神経型」や、全身に症状が出る「全身型」があります。

新生児ヘルペスの診断方法(ウイルス検査)

新生児ヘルペスの診断方法は、ガイドラインなどに記載があります。皮膚に水疱があるときは、水疱を破ったときの液体(浸出液)を採取してウイルス検査を行います。
今回のケースでは、出産後7日目から首にいくつも発疹ができ始め、翌日以降に範囲が広がって水疱も増えていたにもかかわらず、細菌培養だけを行ってウイルス検査をしませんでした。ご家族はウイルスも調べてほしいと要望していたにもかかわらず、大丈夫だからと検査をしませんでした。

新生児ヘルペスの治療と治療効果

皮膚に水疱がでる「表在型」では予後良好(治療をすれば後遺症なく改善する)といわれていますが、治療が遅れたり放置されると、脳・神経や全身に症状が拡大してしまい、そのような状態になってしまうと予後が悪い(後遺症が残ったりなくなるケースもある)といわれています。そのため、早期診断・早期治療が重要です。
今回のケースでは、遅くとも水疱が出て悪化していたときに抗ウイルス薬(アシクロビル)等を投与しなければなりませんでした。

治療効果と予後

一般的には新生児の単純ヘルペス脳炎(全身型、中枢神経型、表在型の区別を行わなければ)は予後不良で6%が死亡し、生存例の70%が中等度以上の重症な後遺症を伴うといわれる怖い病気です。特に、全身型、中枢神経型は予後が悪く、抗ウイルス薬を投与しても30%程度の死亡率に至るともいわれています。
しかし、一方で、皮膚だけに症状がある段階(表在型)で治療を開始した場合には、死亡はまれで,ACV(アシクロビル)治療を受けた場合にお子さんに発達遅滞をきたすのは2%以下という報告もあります。治療開始のときに脳・神経まで感染が広がっていたかどうかが後遺症との関係で重要になり、入院時の意識状態が良ければ(GCS10以上グラスゴー・コーマ・スケール10以上)は予後良好、治療開始時に意識障害があったり(GCS10未満)、けいれんが出現している場合には、脳神経に感染が広がっている状態で、予後が悪いともいわれています。

新生児ヘルペスの見落とし

出産の時には特に問題はなく元気におっぱいを飲めていて、看護師さんが発疹があり段々悪化していることを記録していました。発疹が出たときに適切に検査をして治療を開始していれば、98%の患児は後遺症がなかった可能性がありました。「よく洗うように」といわれて退院になりましたが、ご両親は心配して知り合いの医師に相談し、「ヘルペスの検査をしたほうがいい」といわれていました。自宅に帰っても首だけではなく頭にも唇にも広がり、病院に電話をして事情を話しましたが、大丈夫といわれていました。その後に手をカクカクさせる動きが見られて病院の産婦人科を受診しましたが大丈夫といわれて帰宅しています。その日のうちに全身の痙攣が起こって別の病院に救急搬送されて初めて新生児ヘルペスだと診断されました。
今回のケースでは、皮膚に発疹が出て悪化していた期間が数日間ありましたが、検査もされず薬を投与することもなく退院になり、自宅でけいれんを起こしてしまったという非常に残念なケースです。

交渉経緯

このケースでは、相手方の病院もおそらく産科医療補償制度の原因分析報告書を考慮し話し合いに応じたと考えます。通常、感染症のトラブルのケースでは、病院側から患者の体質や免疫力が低下していたから感染症を発症したから病院に責任はない、といわれることもありますが、新生児ヘルペス感染症は産婦人科医師も小児科医師も注意しておくべきだといわれているものですので、水疱が生じて数日間も放置していたことの責任は明らかなケースでした。
また感染症のトラブルのケースでは、病院側から治療をしても回復していたかどうかわからないという反論を受けることもよくあります。しかし、交渉の当初から、新生児ヘルペスに関するガイドラインや医学文献等を調査して、後遺症が残るケースの特徴や頻度等を相手方に明確に伝え、特に皮膚に症状が出ていた時点で治療をしていれば予後良好であるとの医学的根拠を示しながら伝えたことで、相手方医療機関も責任を早期に認めて話し合いでの解決に至れたと考えられます。

富永弁護士のコメント

新生児ヘルペスは、新生児の感染症としては比較的よく知られた感染症です。元気に生まれてミルクもよく飲んでいた赤ちゃんに、発疹がでた段階で、新生児ヘルペスのことも念頭におくべきだったと考えられます。出産前後は、産婦人科医師と新生児(小児科)医師の2つの診療科が関わり相互の連携が不十分なときに今回のような悲しいケースになってしまいます。そのようなことを避けるために、産婦人科医師のための産科診療ガイドラインにも新生児の感染症を見落とさないよう明記されています。新生児を扱う専門家の小児科では当然知っておくべき疾患です。また、ヘルペス感染症は、抗ウイルス薬という治療法が確立しています。せっかく治療方法があり、治すことができたのに、関わった医師がだれも検査をしようと思わなかったのか、残念でなりません。
交渉においては、ヘルペスウイルス感染症には効果的な治療法(抗ウイルス薬)があり治療効果も良いという具体的な医学文献を示したことで相手方病院も責任を認めざるを得なかったのだと感じました。交渉においても十分な医学的調査が重要だということを改めて感じたケースでした。
このケースでご家族は、医師から「仕方がなかった」と説明されていました。しかし果たして本当に仕方がないケースだったのか、医学的に十分な調査を行って検証することで問題点が明らかになりました。「本当に仕方がなかったのだろうか?」と感じておられるなら、是非、医療専門の弁護士に相談して見られることをおすすめします。

代表弁護士・医師 富永 愛

この記事を書いた⼈(プロフィール)

弁護⼠法⼈ 富永愛法律事務所 代表弁護⼠
医師(外科) 富永 愛

医学部卒業後、民間病院で現役外科医として勤務しつつ医療専門に特化した富永愛法律事務所開設。現役医師・弁護士として、開設以来、医療過誤・医療ミスを専門に扱う事務所として、医療に関わる全ての法律問題を迅速に解決することを目指しています。病院・診療所・クリニック・介護施設・薬局・老健施設等、医療に関わる問題は、お気軽にご相談ください。