医療ミスの事案
近畿地方の総合病院で出産。陣痛が弱いためオキシトシン(陣痛促進剤)を投与されました。オキシトシンは、子宮収縮を促進する薬剤。分娩誘発,微弱陣痛等の場合に使用されます。投与方法や投与中の管理が重要な薬剤です。使い方を誤ると、陣痛が強くなりすぎる(過強陣痛)や子宮破裂になることもあり、赤ちゃんに悪影響を与えることもあります。
このケースでは、ガイドラインなどの使い方に沿わず、基準量を大幅にこえて投与していました。カルテにきちんと記載もない、ずさんな管理方法だったため、分娩監視装置(CTGモニター)で赤ちゃんが苦しいサインが認められていたのに投与を続けていたところが問題でした。この医療ミスによって,赤ちゃんは長時間、酸素が足りず、生まれたときには重度脳性麻痺の障害を残すことになってしまいました。
法律相談までの経緯
お子さんに脳性麻痺の後遺症が残ったため、できる限りのことをしてあげようとリハビリなど大変忙しい毎日を過ごされていました。ご両親としては、出産直後から産婦人科の対応に医療ミスがあったのではないか、訴えたいと思っておられましたが、お子さんが、小学校に入学されて少し時間ができたタイミングで、初めて弁護士事務所を探したといわれていました。
相談後の対応・検討内容
ご両親の相談を受けて、まず産婦人科に任意のカルテ開示をしました。分娩から5年以上経過して一般的なカルテ保存期間(5年間)を経過していました。病院から産科医療補償制度の原因分析調査としてカルテを提出していることがわかっていたため、病院からカルテの開示を受けることができました。カルテを検討したところ、オキシトシン投与方法が、産科診療ガイドラインに違反していました。医療ミスによって脳性麻痺になったことは確実だと考えて、病院側に交渉を申し入れました。
病院側の対応
弁護士名の通知文書を送ってから1ヶ月以上、病院からの回答はなく、何度も病院に対して回答するように求めました。病院は「顧問弁護士と相談しているから時間がかかる」というコメントを繰り返して何ヶ月も経過しました。法律相談のときにお子さんが8才で、10年の時効が近づいていました。病院に、回答がないなら両親の意向どおり訴訟を起こすと伝えたところようやく弁護士から連絡がありました。しかし、弁護士から届いた回答文書には、産婦人科の担当医が自分の責任ではない、という言い訳のようなことがたくさん書いてありました。そのため、ご両親と相談し、訴える準備を始め、いつでも訴状が提出できる準備をして、相手方弁護士に医療ミスだと認めないのであれば直ちに訴訟をする、と伝えたところ1ヶ月後に、病院の回答として「話し合いで解決したい」と言ってきました。
示談交渉
相手方弁護士が話し合いをしたいと言ってきましたが、その前に産婦人科医の責任を認めない不誠実な回答があったことを考え、訴訟を起こす準備は進めながら交渉に挑みました。相手方弁護士には、訴訟になれば請求額は2億円を超える試算をしていることを伝え、すでに作成していた訴状の一部を送付しました。この金額をもとにした話し合いでなければ応じないと伝えました。
相手方からは、総合病院の母体である全国組織で検討し1億円を超える金額提示がありましたが、その内訳はご両親が納得できるものではなかったため、再度金額交渉を行い、最終的に約1億4500万円程度の金額提示がありました。両親と一緒に、訴訟を行う場合と、示談交渉に応じる場合のメリット・デメリットを検討し、訴訟になった場合には早くても3年以上かかることなどを考慮して、約1億4500万円の提案を受け入れることにしました。示談交渉の期間は、交渉開始から1年以上かかり、時効の10年(お子さんの10歳の誕生日)の数ヶ月前に示談交渉が成立しました。
示談になっても産科医療補償制度から受け取った補償金は返す必要はない
示談や訴訟ですでに産科医療補償制度からの補償金を受け取っている場合、示談したときに受け取った補償金はどうなるのか、という問題が起こります。このケースでは、産科医療補償制度からの補償が決定され、示談成立までに1200万円程度の補償を受け取っていました。産科医療補償制度は、産婦人科医に医療ミス(過失)がない無過失の場合でも、分娩が原因で脳性麻痺になったお子さんを救済するために補償をする制度です。そのため、弁護士が検討して病院や産婦人科医の医療ミスが明らかになり示談や訴訟で勝訴した場合、すでに支払われた金額をどう扱うか問題が起こります。産科医療補償制度は、過失があってもなくても補償する制度になっているため、本来医療ミスを起こした産婦人科医や病院がお子さんや両親に賠償するべきケースでは、産科医療補償制度が病院や産婦人科医にかわって肩代わりをして支払ったことになります。そのような場合について、産科医療補償制度では、示談や訴訟の解決があった場合に病院側が報告する義務があることになっています。報告を受けた産科医療保障制度は、肩代わりした金額を病院・産婦人科医に支払ってもらうことになります。お子さんや両親から受け取った金額を返す必要はありません。
病院は、産科医療補償制度に対して、肩代わりしてもらっていた金額を支払う必要があるため、示談や訴訟ではそれを踏まえて、受け取った補償金額も明記しておくことになります。補償を受け取ったお子さんやご両親は、受け取った金額を返す必要はありませんが、実際には、示談金額を決める際に、病院から産科医療補償制度への返金分も含めて交渉を進めることになります。
示談をすると示談契約時以降の補償金は受け取れない
産科医療補償制度で補償が認められると、お子さんが20才になるまで総額3000万円の補償を受けます。内訳は一時金600万円と分割金120万円/年(20才になるまで)になります。産科医療補償制度は病院や産婦人科医に責任がない場合でも補償を受けられる制度です。そのため病院や産婦人科医の責任をある程度認めた金額の示談をするとすでに受け取った補償金は返す必要がありませんが、示談契約の内容としては示談契約以降、補償金の請求をしない内容が記入され、補償金を受け取る権利を失います。
産婦人科の医療ミスに精通している弁護士を探してください
産婦人科医の医療ミスに精通していない弁護士の中には、産科医療補償制度と示談や訴訟の解決方法をご存知ない方もおられるようです。ご両親にとっては、示談金を受け取ったけれども、産科医療補償制度で受け取った金額はどうなるのか?これから産科医療補償制度もうけとれるのか?などの疑問があると思います。そのあたりも、示談や訴訟と産科医療補償制度の関係をきちんと説明できる弁護士を探して、十分納得できるまで説明を受けておくことが重要です。
このあたりのこともQ&A「示談金と産科医療補償制度で受け取った補償金の関係」にも詳しく記載してありますので参考にしてください。
医療ミスと時効について
ご両親は、相談に来られたときにはお子さんの10歳の誕生日で時効が成立してしまう、ということを大変心配しておられ、不安な思いをお持ちでした。その不安に対しては、10年の誕生日までに裁判所に訴える(訴訟を提起する)ことで、時効が成立しないようにする効果があります。示談交渉は、相手があるものですので、時効が迫っていても、相手が思うように迅速に対応してくれない場合には、時効になるまえに訴状を裁判所に届ける準備をしておかなくてはなりません。今回のケースでは、いつでも提出できるところまで訴状を完成させながら交渉を進めたことでご両親も安心されていたのではないかと思います。実際には、訴えることなく話し合いで解決に至ることができましたが、遅々として進まない交渉だった場合には、訴訟の手続きに進まざるをえないところでした。裁判の手続きになれば、相手方が急に態度を変えて、話し合いに応じず徹底的に争ってくることもあります。そのため3年以上の時間が必要になるのです。今回は、早期に迅速な解決に至ることができ(それでも相談に来られてから2年弱かかっています)、良かったと思いました。
富永弁護士のコメント
陣痛促進剤オキシトシンの投与方法は、今や、全ての産婦人科医が産科診療ガイドラインに沿った方法で行わなければいけないことになっています。それでも、まだ、一部の産婦人科では医療ミスといわれても仕方のない方法で、投与され、お母さんやお子さんに障害を残す事故が跡を絶ちません。このような医療ミス、医療事故に被害者をなくすため、産婦人科医の集まりである学会でも、産婦人科医への教育を熱心に行っています。
「陣痛が弱い」、「陣痛を起こす薬を使う」、というような説明があったときには、陣痛促進剤オキシトシンが使われている可能性が高いと思います。「もしかして、あの点滴の投与が問題だったのではないか?」「点滴が始まってから、ものすごくお腹が痛くなった!」と記憶されているなら、是非、弁護士に相談してみてください。
また、産科医療補償制度と示談・裁判の関係についても、詳しい弁護士を探すことをお勧めします。ご両親が納得するまで詳しく説明してもらうことが重要です。示談や訴訟で勝訴的な解決に至ると、それ以降の補償は受けられなくなります。そのことも、十分説明を受けないまま示談が成立してしまうと、依頼した弁護士との間に新たなトラブルになることもあります。
疑問に思ったことは、気軽に聞けて、詳しく説明してくれる弁護士を是非、見つけてください。