Home 9 解決事例 9 術後に鼻出血が持続し気道確保が遅れて急性呼吸不全により死亡した事案において約4000万円の全額が認容されたケース

術後に鼻出血が持続し気道確保が遅れて急性呼吸不全により死亡した事案において約4000万円の全額が認容されたケース

医療過誤・医療ミス・問題解決事例

医療ミスの事案概要

京都市内の総合病院に脳内出血の治療のため緊急入院した患者様が、開頭摘出手術を受けた後、鼻出血が持続し看護師が何度も医師を呼んでいたにも関わらず担当医師が診察せず、鼻出血が喉に溜まって窒息状態になりました。鎮静剤のプロポフォールという薬剤を点滴されていたため本人は窒息状態でも動くこともできませんでした。気管挿管によって気道の確保も行わなかった結果、血液が喉に溜まって気道を閉塞し急性呼吸不全により死亡してしまったという事案です。

鎮静剤プロポフォールの危険性について

プロポフォールはマイケル・ジャクソンが亡くなった原因ともいわれている鎮静薬です。全身麻酔をするときやICUでの集中治療で人口呼吸中の患者さんを鎮静するために用いられることがあります。患者さんにとっては苦痛を与えないで眠ることが出来る薬ですが、薬剤が多すぎると呼吸が弱くなったり、呼吸が止まってしまう呼吸抑制が起こるため、鎮静剤プロポフォールの投与中には、重要な基本的注意として、「投与中は気道を確保し、血圧の変動に注意して呼吸・循環に対する観察・対応を怠らないようにし、気道確保、酸素吸入、人工呼吸、循環管理を行うことが出来るよう準備しておくこと」が求められています。薬剤の添付文書(説明書)などにもそのような注意が繰り返し記載されています。

本件の問題点

本件では、本来の脳内出血の治療は問題なく終了しましたが、手術の後、翌朝まで患者さんが静かに眠ることが出来るように、病棟で鎮静薬プロポフォールを投与されていました。プロポフォールを投与されていなければ、鼻血が続いていれば患者さんは気づいてナースコールできたはずですが、鎮静で眠らされていたため窒息状態になっても訴えることができないまま呼吸が止まり、心臓も止まってから発見されました。鎮静薬には、一般的に呼吸抑制(呼吸の機能を抑える働き)があるといわれていますので、鎮静中に観察することが決められています。今回のケースでは患者さんのそばにいた看護師さん達は鼻出血が続いていることもわかっていて、何度もドクター・コールをしていました。しかし、当直の担当医は患者さんのベッドサイドに様子を見に来ることはありませんでした。

相談から証拠保全、示談交渉決裂まで

ご遺族が相談に来られたとき「父が手術の後、鼻血が止まらないまま死んでしまった」という衝撃的な発言が記憶に残っています。鼻血で死ぬ人はいませんので医療ミスがあったのではないかと感じましたが、まずはカルテを入手して検討し始めました。電子カルテが導入されている総合病院では、近年、カルテ開示によってほとんど全てのカルテ情報が入手できます。しかし今回のケースでは、修正履歴や加筆歴も含んだカルテを開示するよう求めましたが、病院から提出されたカルテに修正履歴がなく、ところどころ不足しているページがあるなど不審な点が多々あったため、証拠保全手続きによってカルテを入手することにしました。証拠保全手続きによって電子カルテとは別の紙で記録された死亡直前の心電図記録があることが判明し、決定的な証拠となりました。医療安全担当の看護師が不審な死があった直後に記録し保存していたものでした。カルテの検討により医療ミスがあたことが明らかになったと考え、病院側に話し合いを求めましたが、「全く責任はない」という回答が来ただけでしたので、訴訟提起することになりました。

裁判手続きと判決までの経緯

裁判では、看護師が何度も書き換えているカルテの記載が問題となりました。「鼻出血があった」→「止まっていた」などと言う書換が何度も行われていて、後の書き足しになるにつれて鼻出血が止まっていたかのような記載に変わっていました。証人尋問では、カルテの書き換えをした担当の看護師に説明を求め、患者さんの死亡後に、他の看護師たちと相談して書き換えをしたという証言を得ました。病院側からは、某大学病院の医療安全担当者である大学教授の意見書が提出されましたが、その内容は「脳出血の後にはいろいろなことが複合的に起こって死亡するものだ」「最近の研修医の能力は限界があるから、夜間に気管挿管をできなくても仕方がない」というような内容が記載されていましたが、裁判官がその意見書に惑わされることはありませんでした。原告は、経験豊富な脳神経外科専門医の意見書を提出し、鎮静剤プロポフォールを投与中はいつでも呼吸抑制が起こる危険性があるから気管挿管が出来る体制が必要であること、脳外科医であれば術後に気管挿管が必要になることも多いこと、心電図の経過からすると鼻出血が続いていて窒息したことは間違いないこと等の意見を述べてもらうことができ、裁判官も原告側の提出した意見書を重視した判決を下してくれました。
裁判上の和解については、裁判官から打診はありましたが、病院側代理人が和解には一切応じないと発言していたため判決となりました。

判決

判決内容としては、原告側の損害賠償請求をすべて認め、訴状に記載した通りの賠償金額が全額認められ、完全勝訴に至ることができました。その後、病院側から控訴されることなく判決は確定しました(京都地方裁判所第1民事部 令和4年3月9日判決)。
判決の内容は複数の新聞などで令和4年3月10日に報道されました。

富永弁護士のコメント

カルテの詳細な検討によって、鼻出血が持続していた事実を裁判官に正確に伝えられたケースでした。医療ミスの裁判でカルテの書き換えが正面から問題になることは意外に少ないのです。今回のケースは、カルテが書き換えられた時間的経緯を、どう変わったのか、いつ誰が書き換えたのか、わかりやすく表や図を用いて示したことが効果的でした。
また、医療ミスの裁判では、病院側から大学教授等の権威ある医師の意見書が提出されることがよくあります。そのような権威ある医師が書いた意見書だということで、惑わされる裁判官はまだまだ多いですが、今回のケースでは、裁判官が冷静に意見書の記載内容を見極め、意見書を作成した医師の肩書ではなく、内容が適切か判断してくれました。いくら権威ある肩書の先生が書いた意見書であっても、医学的に矛盾がある場合には、おかしな記載、無理のある記載になります。その点を、丁寧に根気強く裁判官に説明することの重要性を改めて感じた裁判でした。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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