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東海中央病院肝臓がん術中死、続報に渦巻く疑問(朝日新聞 岐阜地方版2023年1月25日)

2023年02月13日 | コラム

 

岐阜県各務原市の東海中央病院で、同じ男性外科医による肝臓がんの手術中に患者が2名死亡した医療ミス。前回のコラムを書いたその後、1月25日の朝日新聞に続報が報じられていました。記事によると朝日新聞社が、2例目の事故の「調査報告書」を入手された様子。この調査報告書の内容を見れば、本来なら何がミスだったのかすぐに分かったはずです。

しかし、私の経験からすると事故調査報告書の記載は、カルテから事実を抜き出して書かれることが多いですが、重要な事実を「あえて書かない」ことでミスを隠したり、原因と結果を混同して書くことで、仕方がなかった、というような記載にして、ミスの方向性を変えてしまっていると感じる場合がよくあります。医者が読めばわかるような事実の書き換えも、医者ではない人が読むと、騙されてしまいます。嘘は書いていないが、大事なところに触れないような報告書は、残念ながらまだまだ多いのです。

今回、朝日新聞による調査報告の検討では「『不適切』指摘明らかに」「『リスク説明』で誤り」と見出しがありますが、医者としては疑問だらけです。

朝日新聞の方々も、ご遺族と同じように調査報告書にあえて書かれていない点、あえて隠されている点を見つけられていないのでは?病院側の説明に騙されているのでは?と疑問を感じずにいられません。

私の推測ですが、その理由を説明していきます。

この患者さんはまず、「肝内胆管がんと診断され入院」とあります。肝内胆管がんは、予後が良くない癌の一つです。肝臓の中に縦横無尽に張り巡らされている胆管にできるがんであるため、手術できることが少ない、ということは医者ならだれでも、当然知っています。肝内胆管がんの診療ガイドラインを見ても、手術適応がある場合が限定されていることが、よくわかります。肝内胆管癌治療では、がんが、腫瘤形成型(しこりのようになっているパターン)で、肝予備能(肝臓の予備能力)が高く、遠隔転移なし、リンパ節転移なしで、単発(1個だけのしこり)という極めて限定された場合しか、手術治療の効果がないことが知られているからです。

このように肝内胆管がんの多くは手術ができず、薬物療法(抗がん剤による治療)を行います。この患者さんが、抗がん剤治療をしていたかどうかは、記事では明らかではありませんが、抗がん剤使用後に手術を勧めたとすれば、本来は手術適応ではない患者さんに、あまり効果の見込めない腫瘍摘出術を勧めたのでは?という疑問も生じます。

記事では「手術の難度が高く、確実な技量を持つ医師を含む執刀チームが必要だった」と書いてあることからも、手術が推奨される単発の腫瘤ではなく、そもそも手術適応がない状況で手術を勧めたのではないかと推測できます。

さらに、『右の肝臓の切除手術中に血管が大きく損傷し、止血できずに死亡した』というところも外科医としては、極めて不自然でおかしな記載です。専門的な話になりますが、右の肝臓(例えば右の前区域S5+S8とか、後区域S6+S7)の切除なら、肝臓を扱う外科医にとっては、止血できないような血管損傷は考えにくく、それほど難しいものではないはずです。それ以上の区域切除をしたとすると、そこまでの切除が必要ならばそもそも手術適応があったのか?という疑問がここでもまた湧いてきます。

止血ができないほどの血管損傷というと、1区域だけではない多発の癌で、2つ目の区域切除をするために肝臓を脱転(ひっくり返す手術操作)をしたのではないのかと推測できるので、単発でないなら、やはり手術適応はなかった可能性が高くなってきます。

記事の中には「切除の際に静脈が損傷を受けた」と書いてあります。損傷を「受けた」というような受け身の記載になっていますが、静脈を損傷したのは外科医しかいませんし、静脈を「損傷した」、のです。静脈、と書いてあるところからして下大静脈か下大静脈の枝(副腎静脈など)を誤って損傷した可能性が極めて高いのではないかと推測できます。

例えばこの手術で、重要な静脈のひとつ、下大静脈の損傷をしたとすると、それは記事の見出しにある『リスク説明』の問題ではなく、手術で不用意に触ってはいけない大血管(下大静脈)を傷つけたのではないのか???という疑問も膨らみます。

記事の『血管が大きく損傷し、止血できず・・・』という記載からして、実際の様子は、下大静脈などの大血管からの止血に手間取っている間に、どんどん出血が続いて血液を固まらせる凝固作用と、溶かす働きの溶解作用が破綻してしまうDIC(播種性血管内凝固症候群)になり、肝切除の断端(切り取った断面)や創部などそこら中から染み出すように出血し始めてしまって、どうしようもなくなっていった・・・という状況が想像できます。

報告書は、その時の様子をうまく言い訳に使っています。「大量出血の際、医師団は原因や出血箇所がわからず、止血できなかった」などと。これは、原因と結果をごちゃまぜにした記載です。外科医が、血管を傷つけて、出血箇所がわからないというようなことはまず考えにくいですし、見えなくても、体の解剖が頭に入っているはずですから想像できます。実際は、止血が困難な場所(下大静脈が最も疑わしいですが)から出血してしまい、止血コントロールができないままに大量出血になり、輸血も追いつかず、DIC状態に陥ってしまったからこそ、全身が出血傾向になって出血箇所を特定できない、滲み出すような出血が起こり始めた、というのが真実でしょう。

報告書には、あくまで推測ですが、原因(大血管の損傷)と、結果(止血ができず大量出血後のDICによる出血傾向)をわかりにくく記載することで、仕方がなかったような書き方をしたのではないか、と疑ってしまいます。そう考えないとつじつまが合わないのです。

患者さんの死亡原因を「手術前の説明」の問題、つまり手術に耐えられる予備能の問題だったかのように書いてあったというのも不可解です。予備能のない患者さんは肝内胆管がんの手術適応ではないはず。それなのに、そもそも手術適応がない患者さんや家族に、手術すれば治るかのように説明して手術をした、ということは実験台にしたことと同じです。さらに、下大静脈のような大血管を手術操作時に損傷したのなら、それは手術のミスで、手術前の説明の問題ではありません。問題点をすり替えているような気がしてきます。手術中に誤って正常な部分を傷つけてしまったとき、よくある言い訳の一つとして、「もともとの体の予備能力が乏しかったから」というものがあります。しかし、肝内胆管がんの手術をする際には、かならず肝臓の予備能を調べますし、肝臓の手術では、予備能が低い状態の患者さんは、そもそも手術適応になりません。手術適応にならないような患者さんに手術をしたのではないのか、という疑問が渦巻くのです。つまり「手術すべきでない患者さんに手術を強行した」としか考えられないのです。

疑問点はまだまだあります。肝内胆管がんは、脈管(血管やリンパ管)を通じて広がっている場合、「脈管侵襲あり」、であって手術適応にはなりません。逆にいえば、手術を試みた、ということは大きな血管に癌が浸潤していなかったということになります。

つまり脈管侵襲があったのに手術をしたとしたら、患者さんに手術をしたら治るかのように嘘をついたことになりますし、反対に、脈管侵襲はなく癌が広がっていない正常な血管を傷つけたとすると、それは手術方法のミスが強く疑われるのです。

このように、色々な視点から記事を読むと、この調査報告は、原因と結果を混同していたり、肝心なところが書かれていないようなものだったと考えられるのです。

肝臓の部分切除の際に処理が必要な血管なら、損傷とは言いません。そして、正常な血管を損傷してしまっても、止血することができたはずですし、止血できないほどの血管損傷が起こったということからすると、止血しにくい静脈の損傷だったと考えられます。おそらく下大静脈かその枝を傷つけてしまったのではないか、と考えるのが自然なのです。

本来、腫瘍を摘出する際には触らない、損傷しないはずの大血管、それを傷つけてしまったことが死の引き金だったのに、報告書では、大量出血後、出血傾向に陥ってそこらじゅうから出血し始めた末期状態を切り取り、止めようとしたが止められなかった、と書いているのではないか、と推測できるのです。

再発防止策には「医師団の技能向上」が必要だと書いてあったそうですが、検討した第三者の医師たちは、技量不足で静脈を損傷して止血できなくなった状況を、よくわかった上で、敢えてわかりにくい報告書にしたのではないのか?とすら感じます。おそらく手術室で立ち会ったオペ看(手術の手伝いをする看護師)さん達や、麻酔科ドクターは、全ての真実を見ておられたでしょう。医療関係者の方々も、何も発言できず苦しんでおられるのではないか、と状況が思い浮かびます。

事故報告の続報を読んで、これまでの疑問が更に膨らんでしまいました。おかしいところだらけで、外科医の端くれとしてコメントせずにはいられませんでした。おそらくこの記事を読み、医師サイトでコメントをされていたドクターたち(肝胆膵外科や麻酔科)も同じ思いで「ありえない」と発言されていたのでしょう。

記事では、調査報告の作成中にさらに3人目の女性も死亡したと書いてあります。報告書で言い訳を考えている間にも、肝臓の手術症例を増やしたい外科医が手術をおこなったのではないか・・・と考えると、背筋が凍ります。出血多量での死亡というのは、全ての外科医にとって、経験したくない最悪のシナリオです。多くの真当な外科医は、亡くなった患者さんへの治療が適切だったか真剣に悩み、次の患者さんに役に立てようとするはずです。それが、本当の再発防止です。

悩まず、次の手術で大量出血死を起こしていたとしたら、それは「実験台」にされてしまったと言われても仕方がありません。前回の新聞記事で見るだけでも、酷いことが行われたとわかりますが、調査報告はもっとひどい。調査報告のおかしなところを指摘できる人が、きちんといるのだろうか?と不安になる続報記事でした。

記事を書かれた記者や、ご遺族のそばに、正しい調査報告の読み方を解説してくれる肝胆膵外科のドクターがついておられることを祈ります。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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