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なぜ何十年も経って、まだ陣痛促進剤を正しく投与できないの?!

2023年03月06日 | コラム

2歳長男死亡、両親が県立富山中央病院を提訴 富山地裁 (2023.2.10北國新聞)

分娩時の医療事故、医療ミスで最も多い、陣痛促進剤の不適切な投与。まだ陣痛促進剤の事故があるのか、とうんざりする気持ちになりました。

富山県立中央病院で、ガイドラインを上回る量の陣痛促進剤を投与したことで生まれてきた赤ちゃんが障害を負い、その後感染症で2歳の短い命を絶たれました。
まず、分娩中の医療ミスかどうかを判断するには、日本産科婦人科学会が作成している「産婦人科診療ガイドライン」が非常に重要な役割を担っています。

このガイドラインは数年に一度改定され、産婦人科のドクターにとっては、その名の通り診療のガイドとなるべきものです。産科診療ガイドラインは、産婦人科の医師や助産師がQアンドAに沿って診療すれば、適切な診療を行えるように導いています。

「産婦人科診察ガイドライン」最新版を解説【産科医療LABO】

特に、お腹の中の赤ちゃんの様子は、どんなに経験豊富な産婦人科医でも、外から観察することはできませんので、赤ちゃんの心臓の動き、つまり心拍がどのように変化するかをモニターして観察することで、赤ちゃんが元気か、苦しくないか、の様子を見ていくのです。

胎児心拍数モニタリング(CTG)による監視

赤ちゃんの心拍の様子を示したグラフが、胎児心拍数モニタリング(CTG)になります。その評価と対応について、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会による産科診療ガイドラインは細かく分類をして行うべき対応も書いているのです。

赤ちゃんの心拍のモニター波形、CTG波形の分類や対応を示した表が「レベル分類」と言われるものです。その分類表の作成に至った歴史として、レベル分類の目的は,「胎児が低酸素・酸血症などに陥って重篤な状態になるまでに、一刻も早く母体外に出し、胎児の低酸素性虚血性脳症を防止することにある」と言われています。今まで多くの裁判例でも、このガイドラインの分類が、基準(医療水準)だと考えられてきたのです。

陣痛促進剤は、人工的にお母さんの陣痛を強くして分娩を進めるための薬剤です。本来、お母さんの体からも出ている「オキシトシン」というホルモンとも同じ名前の「オキシトシン」という薬剤で有名です。オキシトシンは、陣痛が弱くなってしまったような妊婦さんには有効な治療になります。分娩をうまく進ませるために薬剤投与を使ってコントロールしてゆくのです。しかし、その薬剤の効果が強くなりすぎると、陣痛が強くなりすぎる過強陣痛や、子宮破裂を起こすこともあり、子宮がぎゅーっと収縮しすぎて、赤ちゃんが急激に苦しくなってしまうこともあるのです。

何十年も前から、陣痛促進剤を使ったお産で事故が相次起きた歴史から、陣痛促進剤を使う場合の投与の方法は、極めて細かく決められていて、投与する方法や、量、薬剤の増やし方や減らし方、その間に赤ちゃんに異常がないかどうかを見るために胎児心拍モニターを常時つけておくことなどが、ガイドラインで決められています。

年々詳細になるガイドラインの規定

産婦人科の2大学会、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が一緒に、今から10年以上前の平成23年(2011年)に、ガイドラインを改定するだけではなく「子宮収縮薬による陣痛誘発・陣痛促進に際しての留意点」として学会雑誌にわざわざ解説を入れるほどの徹底ぶりでした。例えばオキシトシンの投与方法は、薬の薄め方(希釈法)まで指示しています。

           (日本産科婦人科学会誌62巻10号「子宮収縮薬による陣痛誘発・陣痛促進に際しての留意点」から抜粋)

このように、ガイドラインの記載は改定毎に、きめ細かくなり、そのガイドラインに沿った投与を行うことで、事故を防ぎながら安全にお産を行うことができるようになっています。何十年も前から、ずっと問題にされてきたこの薬剤の投与を、まだ、ガイドラインに従わない方法で投与するドクターがいることに、驚きを隠せません。

まだあるのか!子宮収縮薬(陣痛促進剤)の間違った使い方!【産科医療LABO】

日本産科婦人科学会のホームページには、今から数十年前から陣痛促進剤が問題になっていて、裁判例もあることを学会員にも提示しています。

例えば、1998年の事例でも医療機関側に過失がある、と判断されています。2003年M地裁の裁判では、医師が陣痛促進剤を使用するにあたって薬の投与方法を書いた能書き(添付文書)に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるというべきだと厳しい判断をしています。また、薬が効きすぎて過強陣痛になり、胎児仮死状態になるおそれがあることから、分娩監視装置などを用いて十分な監視のもとで慎重に投与する必要があるもので、きちんとモニターされていないままで点滴の量を増量したのは、過失だとしています。

学会としても、「各種診療ガイドラインなどの記載が問題になる場合についても,本件裁判所と同様の判示がなされることが多く、診療当時の薬剤添付文書またはガイドラインなどに従わず、 医療事故が発生した場合には、当該医師の過失が推定されること」を産婦人科医に対して警鐘を鳴らしています。

学会の作るガイドラインには、きめ細やかなルールが決められています。医師だけではなく、助産師さんやその他の現場のスタッフが、ガイドラインのルールに従って行動すれば、みんなで安全に投与することができるはずです。それなのに、まだ、ルールに従えない医療現場あると思うと悲しい思いになります。信じられないですし、許せない思いになります。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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