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悲しいお産をなくすために 2021年妊婦年間死亡者数35人

2023年03月02日 | コラム

医療が進んだ日本でも、1年間で30~60人もの妊婦さんが出産のときに亡くなっています(2010~2021年)。出産ミスだけではなく自殺やその他の病気も含まれている数字ですが、衝撃の数字です。

日本の妊産婦死亡率の推移【産科医療LABO】

妊婦さんが死亡したケースは報告書に詳細が報告されています。日本産婦人科医会、妊産婦死亡症例検討評価委員会が令和4年9月にまとめた報告です。幸せな瞬間であるはずの出産で、妊婦さんが死亡してしまう事故は、2010年~2021年までの11年間に517例。その解析の結果を今後の産婦人科医療に役立てる目的で作成されています。

母体安全への提言2021 vol.12

提言では、なぜ死亡したのか、だけではなく今後に活用するための方法を、毎回提示しています。今回は、出産時に、大量出血が起こってしまった状況、「産科危機的出血」のときには、血液検査で血中フィブリノゲンという値を早期に確認して、出血多量によって、血を固めたり、血栓を溶かしたりする止血の機能が崩れてしまう状態、DIC(播種性血管内凝固症候群)に陥って亡くなることがないように、具体的な方法を示しています。

2つ目の提言は、子宮腺筋症や子宮筋腫で、核出(筋腫を切除)した様な妊婦さんでは、胎盤が癒着したり、子宮破裂してしまったりするリスクが高いことを考えて、お腹が痛いという訴えに耳を傾けるように促しています。

3つ目の提言は、残念なことに、緊急帝王切開のときに麻酔しようとして、気道が確保できずに亡くなる事故が増えているということを重く受け止めて、麻酔をする可能性がある妊婦さんには、予め麻酔リスクの評価しておくことや、腰椎麻酔ができるかどうか、評価しておくことの重要性を示しています。なぜ、出産と麻酔?と思われるかもしれませんが、帝王切開を行う際には、腰から麻酔薬を入れて腰から下の麻酔(腰椎麻酔)を行いますし、超緊急手術では、全身麻酔で帝王切開することもあります。さらに、近年増加している、無痛分娩も麻酔薬を使う処置なので、麻酔が効きすぎてしまって呼吸や心臓まで止まってしまうという事故が実際に起こっているのです。

提言は、さらに診療所と病院、助産所と病院などのネットワークがきちんと作られていなことで妊婦さんが死亡することをなくそう、とも述べています。妊婦さんが亡くなってしまう事故は、ご家族にとっては天国から地獄に突き落とされる状況です。冷静に対応するような余裕もなく、赤ちゃんも亡くなってしまうこともあります。当方が、今担当している事故も、診療所での対応が遅れ、総合病院に搬送された時期が遅かったために、お母さんも赤ちゃんも亡くなってしまった、という悲惨な事故があります。残されたご主人は、一時は、自分だけが生き残ってしまった、と自責の念から死にたいと思い詰めるほど苦しんでおられました。診療所との交渉や裁判の過程を通じて、少しずつ現実を受け入れていく長い作業を、一緒に戦っています。

提言の5番目は、妊産婦死亡が起こったときに、遺族に対して「解剖」を適切に勧めなさい、というものです。悲しみのどん底にある家族にとって、体を切り刻まれるイメージの解剖に踏み切れないことは多く、半数以上の家族が解剖を望まなかったという結果が示されています。しかし、当方が担当するケースでも、交渉や裁判になると、裁判所から「死因を証明しなさい」といわれることになり、死因がわからなければ、医療機関の責任は問えないといわれることになり、さらに法律の世界でも見放されたような気持ちになってしまうのです。日本は、死因が不明な社会といわれています。海堂尊(2007)『死因不明社会―Aiが拓く新しい医療』(講談社)にあるとおりです。妊婦さんが亡くなったときも、科学的に死因を究明するためには解剖が必要です。注意が必要なのは、警察が関わって行われる「司法解剖」では、警察は、医師や助産師に業務上過失致死罪が問えるかどうかの証拠として解剖を使いますが、残された遺族には、その司法解剖の結果が公開されないのです。日本産婦人科医会、妊産婦死亡症例検討評価委員会にも、司法解剖の結果は公表されません。つまり、司法解剖になってしまうと、科学的な検証もできず、妊婦さんの死をこれからの医療に役立てることもできないのです。おかしいと思いませんか。そもそも刑事手続きは、社会正義や社会秩序を守るためにあるものなのに、刑事罰を問えるかどうかの重要な資料「司法解剖の結果」が公表されず、社会のためにならないなんて。

そのようなことにならないために、解剖の中でも死因を究明するために行われる「病理解剖」を行うことが必要です。大学病院や中堅の総合病院では、病理医という専門家がおられ、病気の原因を解明するために解剖を行い、報告書を作成してくれるのです。提言は、妊婦さんがなくなったときに、死を無駄にしないためにも解剖を勧める必要が有ること、とくに病理解剖の必要性を、医師などが家族にきちんと説明できるように、供えておきなさいと述べています。

当方の関わるケースも、解剖をすることは躊躇されたので、病理解剖も、司法解剖も行われませんでした。日本の医療裁判では、裁判官が「死因」を特定できなければ、医者が原因を作ったかどうかわからない、だから患者を勝たせる判決が書けない、という限界を抱えています。診療所や病院が何もしなかったために、亡くなってしまったのに、亡くなった原因を作った医療機関側には何の責任もなく、患者さんや残された遺族が「死因」を証明しなければいけない、それが今の日本の医療訴訟の現実です。

解剖が行われていない場合には、大きな証拠がない状況での戦いになります。死亡診断書やカルテの細かな記載、亡くなるまでの経緯や検査結果、画像結果などを全て矛盾なく並べ、総動員して、こういう経過だから「死因はこれだ」と裁判官を説得してゆくのです。

出産で妊産婦が死亡する原因について【産科医療LABO】

出産のときに亡くなる妊婦さんを0にすることは、色々な病気があるために、難しいかもしれません。しかし、死ななくてもよかったケースをきちんと検証して、今後の医療に生かさなければ、亡くなった方やご家族が辛すぎます。悲しいお産を亡くすために、できることがあるはずだと日々思います。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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