Home 9 解決事例 9 後縦靭帯骨化症に対して後方アプローチによる頚椎椎弓形成術を行った後に症状の悪化(両上下肢が動かない不全四肢麻痺など)が生じた事例について約8000万円の和解が成立したケース

後縦靭帯骨化症に対して後方アプローチによる頚椎椎弓形成術を行った後に症状の悪化(両上下肢が動かない不全四肢麻痺など)が生じた事例について約8000万円の和解が成立したケース

医療過誤の事案概要

近畿地方の国立大学法人の脳神経外科で、後縦靭帯骨化症による手指の巧緻性障害(器用に動かせなくなり字がかけない、ボタンが留められないなど)に対して頚椎椎弓形成術(背骨の椎骨という骨の一部、椎弓を作り直して脊髄への圧迫を取る方法)を受けたところ、患者には手術直後から不全四肢麻痺(両手・両足が上手く動かなくなる状態)や感覚障害、膀胱直腸障害(排尿・排便が上手くできなくなる障害)が生じました。病院からは手術ビデオの一部だけが開示されましたが、その画像から硬膜がズタズタに裂けて何箇所も縫合(糸を使って縫うこと)が必要な状態であったことが見て取ることができ、手術操作中に硬膜や脊髄を傷つけたと考えられました。

法律相談までの経緯

手のしびれが治るといわれて手術を受けたのに、両手足が動かなくなり仕事もできず、介助が必要になってしまったと、御本人に代わりご家族が、ある弁護士さんに相談されました。証拠保全手続きなどを行ってカルテを入手しておられましたが、手術ビデオや画像を検討して、問題があると指摘してくれる医師がおらず行き詰まっている、として担当弁護士さんから当事務所に相談がありました。当事務所に手術ビデオ画像やMRI・CT画像などを送ってもらい検討するところから始めました。

相談後の対応・検討内容

当事務所で手術ビデオ画像を改めて確認したところ、脊髄を覆う硬膜(こうまく)がズタズタに裂けていること、再手術をして硬膜を縫合していることがわかりました。硬膜の修復箇所は7箇所もありました。CT画像やMRI画像も、手術前と手術後を見比べたところ、術前にはなかった脊髄損傷の痕跡が、術後の画像に出現していることも明らかになりました。脊椎外科専門医にも相談し、手術ビデオやCT/MRI画像の検討をしたところ、当方の考えている通り、手術器具の使い方を誤って脊髄を損傷した可能性が高く、脊髄損傷から不全四肢麻痺などになってしまったことが判明しました。

後縦靭帯骨化症(OPLL)とは

病気の概要

後縦靱帯骨化症とは、厚生労働省により難病に指定されている疾患です。後縦靭帯というのは、名前の通り背骨の後ろにあります。その縦方向に背骨をつなぐ靱帯が、骨のように固くなる骨化という変化が起こり、背骨の中にある脊髄という神経の束を圧迫してしまう病気です。
公益財団法人難病医学研究財団が運営している難病情報センターでは、厚生労働省の補助を受けた事業としてホームページで難病についての説明を行っています。そこでは「椎骨という背骨の後縁(後ろ側)を上下に連結し、背骨の中を縦に走る後縦靭帯が骨化した結果、脊髄の入っている脊柱管が狭くなり、脊髄や脊髄から分枝する神経根が押されて、感覚障害や運動障害等の神経症状を引き起こす病気」と説明されています。
引用:難病情報センター(後縦靭帯骨化症ページ)

※この病気の特徴や治療方法などについてまとめられた資料がホームページ上にあります。
https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/upload_files/File/069-201704-kijyun.pdf

患者さんはどのくらいいるのか

後縦靭帯骨化症は、首や背骨のレントゲン写真を撮ったことのある方の中で1.5%から5.1%、平均3%程度の方に見つかるといわれていますので、それほど珍しい疾患ではありません。骨化したらすぐに悪さをするわけでもなく、骨化が酷くなり、手が痺れるとか、手がうまく動かないなどの症状がでる方は、ごく一部と考えられています。症状が出るまでは、患者さん自身も気づかないことが多く、症状が出る前に治療をする必要性はありません。

どんな人がなりやすいのか

後縦靭帯骨化症は中年以降、特に50歳前後で発症することが多く、男2:女1と男性に多いです。糖尿病や肥満のある患者さんにも多いといわれているようですが、原因はよくわかっていません。色々な研究から、一つの原因で生じる病気ではなく複数の要因が関与して発病するといわれています。遺伝的になりやすい方がいることや、性ホルモンの異常がある方、カルシウム・ビタミンDの代謝異常、たとえば尿管結石ができやすい方、糖尿病、肥満傾向に多いといわれています。単に老化によって起こる側面もあるようです。家族で同じ病気になる人が多いことから、ある特定の遺伝子があるのではないか、という説も有力視されています。病気に遺伝が関係している事は間違いないようで、患者さんの兄弟に約30%発症するといわれていますが、これは患者さんの血縁者に必ず遺伝するということではありません。

症状

頚椎(首の骨のあたり)の後縦靭帯が骨化すると、最初に出てくる症状は、首や肩、肩甲骨のあたりのしびれ、指先の痛みやしびれです。症状が少しずつ進んでいくと、次第に痛みやしびれの範囲が拡がって、足にもしびれや感覚障害、足が思うように動かない等の運動障害、両手の細かい作業が困難となる手指の巧緻運動障害などが出現します。重症になると、立ったり歩いたりすることが困難となったり、排尿や排便の障害が出現したり、一人での日常生活が困難になることもあります。

胸椎にこの病気が起こると体幹や下半身に症状が出ます。最初に出てくる症状は下肢の脱力やしびれ等が多いようです。重症になるとやはり歩行困難や排尿や排便の障害が出現することもあります。また腰椎に起こると歩行時の下肢の痛みやしびれ、脱力等が出現します。

すべての患者さんにおいて症状が悪化するわけではなく、半数以上の方は数年経過しても症状が変化しません。ただし、一部の患者さんでは、次第に神経障害が悪くなり、進行性の場合、手術を要することもあります。また、軽い外傷、たとえば転倒などを契機に急に手足が動かしづらくなったり、今までの症状が強くなったりすることもあります。

治療法

後縦靭帯骨化症の治療法は、手術をするか、しないかで大きく分かれます。まだ症状が軽く手術をしない場合は、骨化によって圧迫されている脊髄神経を守ることが治療の目的となります。首の骨である頚椎では、まず安静に保つ、 外固定装具 (頚椎カラー)の装着等を行うことがあります。この時、頚椎は患者さんにとって快適な位置になっていることが必要なので、高さを調節することが可能な装具を使います。首を後ろにそらせると脊髄が余計に狭くなるので、反らせる姿勢は避けるよう指導されることもあります。その他、飲み薬によって痛みを取ること(消炎鎮痛剤)や、筋肉の硬さを和らげること(筋弛緩剤等)を試してみて、症状が軽くなれば様子を見るということもあります。

症状の進み方が急であったり、症状が重度の場合は手術を行う必要があります。手術方法は骨化の状態や部位に応じて様々な方法があり、首の骨、頚椎の場合であれば神経の圧迫を取るため骨化部位を取り除いて、その部位を自分の腰骨等で固定する方法(背骨の前から手術を行うので前方アプローチ法といいます)、骨化した部位はそのままにして圧迫された神経のあるスペ-ス(脊柱管)を背骨の後ろ側を削って拡げる方法(背骨の後ろから手術を行うので後方アプローチ法)があります。後者が選択されることが多いですが、骨化が大きい場合や背骨の並び方、配列が不良な場合などでは前方プローチ法が選ばれることもあります。胸のあたりの背骨、胸椎のあたりが狭くなっている場合には、背骨が全体的に丸くなっている部分であるため、後方アプローチ法で脊柱管を拡げるだけではなく、ボルトなどを用いて背骨に固定を加える手術が行われることが多いです。腰骨、腰椎では後方アプローチ法が一般的で、前方アプローチ方は選択されることはありません。

後縦靭帯骨化症は、後縦靭帯という背骨の後ろにある靱帯だけではなく、脊髄のさらに後ろにある黄色靱帯や、背骨の前にある前縦靱帯の骨化も合併しやすいといわれています。骨化部位は縦方向や横方向に広がることがあります。骨化が起こってもすぐに症状が出現するわけではありませんし、症状のない場合には定期的な画像検査をして様子を見ます。症状が重度になると、日常生活に障害がでて介助が必要になることもあります。一般に、急速に症状が進行することは稀で、脊髄神経症状も進行せずに同じ症状が続き悪くならないままだということもありますので、手術をいつ受けるのか、どのような治療方針で様子を見るのかは主治医の先生とゆっくり相談しながら決めていく必要があります。

手術を受けたからといって、それで終わりというわけにも行かないのが後縦靭帯骨化症です。一時的には手術によって症状が改善したとしても、数年~10年ほどの間に、同じ部位や、別の部位で骨化が起こり、大きくなって、再び症状が出現することもあります。このようなことから、手術したとしても、生涯にわたり定期的な画像検査を受けることが勧められています。

弁護士の対応

後縦靭帯骨化症の本件では、カルテやビデオ画像の詳細な検討を行った結果、病院に責任があると考え、賠償を求める文書を病院に送付しました。しかし、病院側は手術の合併症であって問題はなかったから責任はない、という回答をしてきました。そのため、それ以上話し合いによる交渉ができず、補償を求めるためには訴訟提起せざるを得なくなりました。

訴訟が始まってからも、病院側は一貫して責任を認めず、「硬膜は傷つけたけれども硬膜の下にある脊髄は傷つけていない」とか、「圧迫されていた脊髄が急に圧迫がなくなって血流が戻ったことで膨らみ、麻痺の症状が出たのだ」というようなことを言い出しました。こちら側は、執刀医がミスをしたという確信を持っていたので、病院側が実施したという手術方法を編み出した医師にも連絡して、意見をうかがいに行きました。その医師によると、今回の手術は、到底信じられないひどい手術だというコメントも頂きました。

その後は、30件以上の医学文献を証拠として提出し、裁判官に手術の際の問題点を理解してもらうように工夫しました。別の脊椎外科専門医にも意見をうかがい、協力医として意見書を作成していただきました。それに対して、病院側からも脊椎を専門とする医師の意見書が提出されましたが、当方がその医師の経歴を調査したところ、意見書を作成したときには定年退職して遠方の別の病院に勤務しているようでしたが、詳しく調べると、相手方となっている大学病院の医局(脳神経外科学教室)に何十年も所属していて、その大学病院の関連病院にずっと勤務していた医師だったことが判明しました。裁判所には、身内である医師が後輩の手術ミスをかばう目的で書くことが予想され、信用性が低い意見書だということを伝えました。

病院側はそれでも責任を認めず、第三者の医師による鑑定手続きを求めていましたが、裁判所から鑑定手続よりも、その前に執刀医の証人尋問をする必要があるいわれると、(医師の尋問を避けたかったのか)、急に和解に応じる、という姿勢に方向転換をしました。

裁判所からは、過失(手術手技のミス)が原因で後遺症が生じたことを概ね認める方向での和解の勧告がありました。当方と依頼者で相談し、医師の尋問や鑑定手続には時間もお金もかかること、鑑定人がどのような鑑定書を作成するかはわからないことなどを考慮して、早期解決をするためにも裁判所の和解勧告(和解案)を受け入れる形で、裁判上の和解となりました。

弁護士のコメント

手術後何年も経ってから、ようやく解決に至ることができましたが、弁護士として一番残念だったのは、解決1年前に御本人がお亡くなりになってしまったことでした。御本人は、事件の進み具合をいつも気にしておられ、何とか良い報告ができるように、と思っていましたが叶いませんでした。ご家族にも、存命中に何故解決できなかったのか、和解に応じるならもっと早く応じてほしかった、という無念の思いを、裁判期日に出頭し裁判官に直接、伝えてもらいました。写真を見せていただき、手術の直前までバリバリ元気に仕事をしておられたこと、手術によってその生活が一変し、寝たきりになった毎日は、本当に辛いものだったと思います。コロナ蔓延中でもあり、ご家族の面会も制限されていた中で、寝たきり状態での生活を何とかご家族に動画撮影してもらって証拠として提出しました。しかし、その直後に、お亡くなりになったと聞き、本当にショックでした。裁判中でしたが、ご葬儀の末席にも参列させていただく機会を得て、何とか勝訴の報告ができるように頑張ろうと改めて誓いました。

本件のように、手術ミスは明らかだったのに何故ミスを認めないのか、寝たきりになってもこんなに長い裁判が何故必要なのか、どうしてこれほどまでに本人や遺族を苦しませるのか、責任を認めなかった大学病院にも、遅々として進まない日本の医療訴訟の仕組みにも、改めて憤りを覚えます。医療機関には、「医療ミスを認めない」ということがこれほどの苦しみを与えるのだということを、裁判所には「今も、実際に生活しながら苦しんでいる患者や家族がいること」を、自覚してほしいと思います。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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