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ピルを処方しただけなのになぜ2億円の判決に?薬の処方ミスで賠償命令 北海道・八雲町の病院

2024年05月10日 | コラム

北海道八雲町が運営する八雲総合病院が薬の処方を誤ったため血栓症を発症し重度の障害を負ったとして、北海道南部の女性(59)と夫が町に約2億8千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、函館地裁は8日、町に約1億9400万円の支払いを命じた。町側は処方と発症の因果関係を争っていた。判決理由で五十嵐浩介裁判長は、約6年8カ月間で計34回の処方のうち、最後の処方が発症につながったと判断。また加齢で血栓症のリスクが上昇したのに、検査や経過観察を怠る注意義務違反があったと認定した。判決によると、病院は過多月経などを訴えて受診した女性に対し2007年3月~13年11月、経口避妊薬を処方した。14年1月から意識障害が進行して血栓症と診断され、同6月、右半身のまひや失語症のため1級の身体障害者手帳の交付を受けた。

八雲総合病院の竹内伸大事務長は「弁護士と協議して対応を決めたい」とコメントした。引用:2024年5月8日 産経新聞

医師たちのコミュニティサイトでは、この判決についてなぜ?というようなコメントが寄せられていました。
判決はまだ一昨日出されたばかりで、詳細はわかりませんが、患者側で医療訴訟に関わる医師・弁護士の目線でこの事件を読み解いてみようと思います。

賠償額約2億円、どうやって決まるのか?

このニュースでまず注目されたのは、約2億円という高額な賠償金額です。裁判の賠償額は基準がある程度決まっている部分と、患者さん個人の収入や障害の程度によって変わる部分の大きく2つに分けられます。

基準が決まっている部分

  • 入通院慰謝料
    何日入院して、何日通院したかによって、一覧表に当てはめて大体の金額を算定します。
  • 死亡慰謝料
    個別の事情を考慮しますが、概ね2000~3000万円程度で決まっています。
    (一家の支柱:2800万円、母親・配偶者:2500万円、その他:2000~2500万円)

基準が決まっていない部分

患者さんごとに状況が異なり、基準がない部分について主なものを説明します。

  • 逸失利益
    逸失利益とは、事故が無ければ得られたはずの収入です。働けたはずの年数や年収などによって算定します。
    今回のケースは、右半身の麻痺と失語症が残ってしまったため、身体障害者手帳1級を交付されておられます。裁判では、「働けるかどうか」という視点で賠償額が決められているので、身体障害者手帳1級を持っておられる方であれば、就労は不可能と判断されることはほぼ間違いありません。年収の高い方であれば、得られたはずの収入も高くなります。今回の事件、賠償額からみると年収の高い方だったのかもしれません。

  • 介護費用
    身体障害者手帳1級の交付を受けた方であれば、介護費用が最も大きな金額になります。ご自身一人で生活できず、全介助の状態であれば、1日1万円~1万5000円の介護費用が算定され、50歳の方であれば平均余命の80代まで30年以上介護が必要、ということになり介護費用は1億円を超えることになります。実際の介護状況からして大人二人がかりで介護しておられる状況なら、1日2万円が認められることもありますし、そうなると介護費用だけでも2億円弱になります。

つまり、今回の賠償額から推察できることとしては収入が高い方だったのかもしれないということと、「患者さんの介護状況が大変なのだろうな」ということです。
医師の中には、このような損害の計算方法をご存じない方も多いため、ピルを処方しただけなのに2億円ってヒドイ、などという見当ハズレのご意見になってしまうのです。損害金額というのは、ミスの程度とは関係がない、ということを是非、知った上で、評価をすることが重要だと思います。

なぜ「因果関係を争った」のか

ピルの副作用

実は、ピルが血栓症を引き起こし易いことは、医学生でも知っている常識的な医学知識です。血栓ができる場所によって、ふくらはぎにできればエコノミークラス症候群とおなじDVTですし、 肺にできれば肺塞栓、脳で詰まれば脳梗塞や、脳静脈洞血栓が起こる可能性があります。
ピルを求められたドクターが、ピルを処方して副作用の血栓が起こった場合、日本には、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)による医薬品副作用被害救済制度があり、残された遺族には約800万円の一時金や、亡くなった方が大黒柱であれば遺族年金を受け取ることができます。

PMDAの救済制度には、医師の過失がない「無過失」でも給付されますが、医師の処方が「添付文書」といわれる薬の説明書きに沿って適正に処方された場合に限られます。そのため、添付文書に沿っていない、適応のない方への投与だった場合には、責任を負うべきは処方した医師であって、PMDAは救済できません、という「不支給」判定をするのです。この不支給の判定があった場合には、その理由を教えてもらうことができ、PMDAのホームページ上でも公表されます。

当然、今回のケースも薬の副作用が関係することから、同居されておられるご家族はおそらく、PMDAによる救済を検討されたのではないかと推察します。患者さんがお一人暮らしだった場合は別ですが・・・(弁護士さんが医療事件を少しでもご存じの方なら、PMDAの制度を知らないということはありえません。)
ご遺族が、PMDA申請をしたのに、医師の処方の仕方が悪かったから救済できません・・・という判定が出ていたとしたら・・・医師に責任を取ってもらうしかない、という流れになっていきます。

過失は争点にならなかった

さて、このような知識をもとに判決の記事を読むと、八雲町が「過失を争っていた」という記載はありません。「因果関係を争っていた」ということは、過失は争っておらず、争点になっていなかったということを意味します。報道各社の方々は、そのあたりを正確に報道してほしいところですが、本当に過失を争っていなかったとすれば、それはおそらく「PMDAが不適切使用として不支給にした」、もしくは明らかに「添付文書通りに処方していなかった」というケースだということになります。

だからこそ、八雲町としては過失を認め、因果関係を争うしかなかった・・・のでしょう。医者としてピルと脳梗塞(血栓)は関係が在るに決まっている、というのが一般常識ですから、当方の書いた推論が間違っていなければ、八雲町としては「勝てるはずのない訴訟を争っていた」ような気がします。

公的病院は訴訟になるケースが多い

都道府県、市町村などが運営する公的病院は、明らかにミスであるケースでも話し合いに応じず、訴訟になるケースが私的病院に比べて多い傾向にあります。議会や長に医学的検討ができず、さらには税金を無駄にしてはいけないという発想のもと、裁判所の判断を仰ぐといって、裁判費用や賠償金額が高額になっている場合が多く見られます。そして、裁判をして判決になれば、賠償金に遅延損害金という年3-5%の利息までついてくる、つまりは裁判をして10年かかってしまうと、事故のときの賠償金は1.3~1.5倍になる、という将来に渡る経済的判断ができないことに原因があります。
また、市民病院など公的病院の弁護士さんには、市民のためという視点はないのではないかと思います。それよりも仕事があれば収入になるわけですから、訴訟になったほうが病院側弁護士は経済的に潤います。市民の税金を無駄にしないようにというような発想は、いつもお相手している公的病院代理人弁護士の先生方には感じられません。

と思うままに綴りましたが、この判決はまだ出たばかりです。少ない情報から見る限りでも八雲町には、控訴されずに判決を受け入れられることをお願いしたいです。患者さんは今も、大変な介護状況におられる状況だと思います。八雲町の勇気ある決断を期待したいと思います。

お薬の副作用に関するご相談はPMDAへお問い合わせください

医薬品副作用被害救済制度について詳しくはPMDAのホームページをご覧ください。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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