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山梨県立あけぼの医療福祉センター(韮崎市)で15歳の少年が2018年に死亡した事故で3250万円を支払う内容の裁判上の和解が成立(2026年8月7日)の報道を見て

2026年08月25日 | コラム

なぜこのような事故で裁判にまでなったのか?
医師として医療現場でも働いた弁護士としては、一番の疑問は『話し合いで解決できたはずのケースなのに、なぜ裁判になってしまったのか』ということです。

民事賠償と保険の存在意義

このニュースに関しては、同じ医療従事者として悲しい気持ちになる投稿が多数ありました。
私のような患者側の弁護士のことを「障害のある方を賠償金に変換するビジネス」と揶揄する投稿や、
ある匿名の医師の「15年間介護してくれた施設への感謝はないのか?」「患者への愛情があり、介護への感謝の気持ちがあれば、訴訟は起こさないでしょう」とか、
「訴訟をおこした両親と相変わらず人の気持ちを理解しない裁判官に残念です」とかとか。さらには、この意見に賛成している医師コメントも10人以上おられる。
「気切カニューレが抜けるのは時々あることだし、施設の職員がそれに気づいて可能な限り迅速に対処しても全例がリカバーするわけではないでしょう?それでいちいち過失があったから5000万円払え(そして当時の担当職員は人を死なせた扱い)と言うのは、介護のなり手を絶滅させる判決」という意見に対しては、40人以上が「賛成」しています。
日本はこれでも法治国家なのだろうかと感じましたが、医療従事者のリーダーであるべき医師に、民事賠償というものが、なぜ社会のシステムとして存在しているのかを知ってもらうことが必要だと感じます。

弁護士目線では、今回の和解金額3250万円は当然の内容です。なぜなら、生まれたての赤ちゃんでも平均寿命を超えた90代の方でも「本来の寿命より前に殺されたことによる精神的慰謝料」の値段が裁判所の判例の蓄積によって大まかに決められているからです。
死亡慰謝料という賠償金は、偉い総理大臣が死んでも、生まれたての赤ちゃんが死んでもこの国では2000-3000万円ぐらいだと決められています。
その命を絶たれた悲しみの気持ちは、その方の障害のある、なしに関わりませんし、社会的地位にも本来関わらないからです。
そんなこともご存じないドクター達が「寝たきりの15歳に3000万円はおかしい」とか言っているのを見ると、心の底から哀しい気持ちになります。

車を運転する方であれば保険に加入していない方はおられないと思います。自分がいつか事故を起こしてしまうかもしれない。
例えば居眠り運転や前方不注意で15歳のお子さんを死なせてしまったときに、今回と同じように「5000万円払えというのは運転するなということだ」なんて言うでしょうか?
医師のコメントには、医者や介護職等医療従事者は何か特別な価値がある、他の仕事とは違うものだから守られるべきと思っている感覚が透けて見えます。

介護を必要とする方に介護という業務を提供することは、仕事の一つです。
そこにカニューレが抜けることが時々ある、というのであれば、カニューレが抜けたことに対してきちんと警告を出すシステムを作り、警告に対応できる人員を配置することの方が重要なのではないでしょうか?
自動車を運転するドライバーには必ず保険に入ることが求められています。同じように、介護を提供する施設は、事故があった時のために保険に加入しています。
この事案に対して「そんな裁判をするなんてけしからん」というコメントを書くドクター達は、賠償保険のシステムの知識も持っておられないのでしょうか?

今回のケースの考察と長期化する3つの要因

弁護士目線で見ると、話し合いで解決すべきケースであり、話し合いができず事故から8年も経ってやっと裁判官の勧めで和解に至れたことの方が問題です。
話し合いができなかった理由が、一番知りたいところです。
事実関係がわかりませんので、あくまでも報道の情報をもとにした私なりの考察をすると、今回のケースが裁判になってしまったのは、柔軟にミスを認めて話し合いができない公立(県立)病院であったことが一番の原因だったと思います。

例えば、今回のケースと同じような事故が、他の病院で起こった場合であれば直ちに院内事故調査や医療安全担当者による事実関係の整理を行います。そこで第三者である専門家からミスがあることが明らかだと指摘されれば、その内容に沿って病院はミスを認め、病院の加入している保険会社が支払をするはずです。
最近は、公立の都道府県立や市町村立の病院であっても院内事故調査によって外部の委員から厳しい指摘があるとミスを認めて話し合いをすることが出来るところが増えてきています。
今回はそのようなきちんとした調査をしなかったか、医学的視点からの考査をしてくれる第三者がいなかったため、拗れたのでしょう。

もう一つの拗れるパターンは、病院の特定の人(理事長や、担当した医師、看護師等)がミスを認めない、ということもあります。第三者から見れば早くミスを認めて話し合いをした方がいいと思うケースでも、強権的な理事長とか、独裁的な院長、あるいは自分の非を認められない幼稚な医師がかたくなにミスを認めないために、保険会社としても医者が認めていないなら払う必要はないだろう、と判断して拗れるのです。
これはその医療関係者の社会的教育を図るしかないと思いますし、色々な価値観の方がおられる世界では仕方のないことかもしれません。
一番悲惨なのは、現場の医師や看護師が心から申し訳ないと思っているのに、独善的な理事長がミスを認めないというケースで、医師や看護師はその職場を去るしかなくなってしまうという結末に至ります。

3つ目は、お金の事情、つまり支払いをする保険会社が「こんなケースに金は出さない」と判断して拗れることもあります。保険会社の査定には医師や医療従事者が加わっていることが多いですが、専門性の高い分野については保険会社お抱えの医師では判断がつかないことがあり、何千万円ものお金を支出するための医学的な判断をできる人が不在、ということで拗れるのです。

現代社会の仕組み、保険会社の仕組みを知る

今日も相手方代理人(病院側弁護士)さんから電話が悲痛な電話がありました。お子さんが出産時の事故で重い障害を負ったケースについて、産婦人科部長も、担当した医師や助産師も、医師会の医療安全委員の産婦人科医も問題がある対応だと考えているケースなのに、保険会社だけが出し渋っている・・・話し合いで解決したいが、裁判になってしまうことは避けたいので、何とか調停にしてもらえたら助かる・・・と。

私のような患者側弁護士のことについて、障害者をお金に変えている悪徳ビジネスだという医師がおられることは知っています。
賠償金が高いとか言う前に、保険会社が出し渋って現場の医療従事者が追い詰められるケースが多くあることを知って欲しいと思います。
保険会社というビジネスは、事故に遭ったら怖いですよと脅しながら保険料を集め、できるだけ賠償金額を支払わなくすることで利益が出る仕事です。ですから、できるだけ賠償をしないように頑張って値切ってくるのです。ご自身の加入しておられる保険会社が、果たして事故の時にきちんと払ってくれるのか、「事故対応は完璧!」とかいう広告宣伝に他金が支払える保険会社がどこで利益を得ているのかを考えたらすぐわかることです。世界中に不確定なことがたくさん起こる現代社会の中で、日本の保険会社は、過去最大の収益を上げ続けていることをご存じないのでしょうか?
頭がいいはずのドクター達には、是非、民事賠償や裁判をタブーと考えて忌み嫌うことよりも、現実の社会の仕組みを勉強していただきたいと思います。

日本の賠償金ー命の値段ー

日本の賠償金は、他の先進国と比べても極めて低いレベルで押さえられています。
アメリカやイギリスでは何十億の賠償金が当たり前ですし、弁護士の報酬もその何十億の何割か、という億単位です。悪いことをしたことに対する懲罰的慰謝料という慰謝料のしくみがあるからです。
日本では、どんなにリピータの医師が、同じようなミスを繰り返し、ほとんど重過失といわれるような事故を繰り返し起こしていても、裁判所は極めて冷静に過去の事例と比べて同じくらいの賠償金額しか認めません。そんなことも知らずに、障害のある15歳に3000万円は高いとか、なぜ言えるのでしょうか?
死亡慰謝料2000~3000万円や、葬儀費用150万円は日本の裁判所が諸外国と比べて極めて低い水準を維持し続けた結果であり、日本では殺されても、せいぜい2000-3000万円だということです。わざと殺しても、過失でも、その金額には大きな違いはなく、殺人で殺されても、死亡慰謝料の基本的な金額は大きく変わらない。それは「命の値段」に軽重をつけられないという倫理的な視点で決められたものだからです。過去には、平均寿命超えた高齢者について、死亡慰謝料を減らしてもいいのではないか、という意見をする裁判官もおられましたが、命の値段をどう考えるかという難しい議論に答えは出せず、裁判官の主流にはなっていません。反対に、どれほど偉い医師でも、例えば東大医学部の教授(最近は、東大や京大の医学部教授もまともな人ばかりではないということが明らかになってきていますが)やノーベル賞を獲得した先生であっても、交通事故や医療事故で亡くなった時の死亡慰謝料は0歳の赤ちゃんと大きく変わらないのです。
お金を稼ぐことが出来れば、それは将来働けたはずの分として「逸失利益」(得られたはずの利益を失ってしまった)の金額は大きくなりますが、その点はまた別の議論です。

病院・医師・保険会社 それぞれの関係へ問題提起

日々、医療紛争を何とか話し合いで、現場の医師や看護師を傷付けず、被害に遭った方の生活保障を求めている弁護士の仕事もほんの少し、想像してもらえたらと思ってしまいます。
消化器外科医や介護のなり手を絶滅させたくないというのなら、もっと、きちんと支払ってくれる保険会社さんと、きちんと事故をカバーする保険に入って、保険会社の弁護士に医療に詳しい方がいるのかどうかを確認するほうが建設的なのではないかと思います。

ちなみに、勤務医の加入する医師賠償保険、たいていのドクターは念のために加入しておられますが、まともなドクターなら自分の保険を使うようなことはめったにありませんし、ほとんど病院加入の保険がカバーして解決します。そのため、日本では、勤務医加入の医師賠償保険は、赤字になりようがありません。なぜなら、保険料を集めるばかりで、めったに支払う必要がないからです。そんな事実を加入するドクターに言う必要はないため、情報を開示する保険会社もありません。
医療機関側の弁護士によると、困っているのは保険会社の言いなりで保険料をどんどん吊り上げられる公立病院や総合病院だそうです。
特に公立病院は競争もなく、これまで加入していた保険を継続することが多く、事故で賠償金を支払ったらその分、保険料を吊り上げやすい・・・競争もない・・・

天下りで退官後に公立病院の院長職を経験されたドクター達には、是非、そんな視点でも問題提起してくれる方が現れてほしいと思います。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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