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裁判官、また騙されてますよ!医療裁判で起こった鑑定人による作り話

2023年10月03日 | コラム

裁判官

医療ミスの裁判では、裁判官が専門家や鑑定人の意見に翻弄され、騙されてしまうことはこれまでもコラムで書いてきました。出来るだけ裁判官に解るように丁寧に解説してきたつもりでしたが、今日もまた、鑑定人の意見に騙されてしまっている裁判官がいて、落ち込みました。この裁判官は、頭もよく長い書面も嫌がらずに読んでくれていて、鋭く問題点を指摘してくれていると感じていただけに、あぁこの方もまた同じか、とガックリした気持ちで裁判所から帰ってきました。

今回の鑑定人が書いたのは心電図についての鑑定書でした。

心停止には4つの種類がある

心臓が止まっている状態(心停止)には、実は、4つの種類があります。心臓が止まる、というと、一般の方は、心電図モニターがピーと言いながら、横一線のフラットになり、「ご臨終です」というようなシーンを思い浮かべると思います。しかし、実は、横一線のこんな心電図は、心停止の4種類のうち「心静止」というものです。

 

 ドラマでいえば、それまで、ピッ、ピッ、ピッと音がしていたところから、だんだん、その間隔が延びていって、ピーになる、というイメージですね。

心停止(心臓が正しく機能せず、全身に血液を送れない状態)の種類は次の通りです。

① 無脈性心室頻拍(pulseless VT)

② 心室細動(VF)

③ 無脈性電気活動(PEA)

④ 心静止

これ全部、「心停止」です。

AEDの役割「除細動」とは?

AED(自動体外式除細動器)という機器を見たことがあるという方も多くなったと思います。
AEDは簡単に言うと、心臓の電気信号を、一度大きな電流を流すことでリセットする(除細動)医療機器です。

「除細動」という言葉通り、「細動」(ブルブル小刻みに震えている動き)を取り「除」く、ということです。

 AEDは、心停止のときに、「ドンッ」と電気ショックを与えて心臓の正しい電気信号を復活させるための機器です。そのため、電気信号がまだ心臓に残っていて、心筋(心臓の筋肉)が復活するだけの元気がないといけないのです。
そこで、AEDが劇的に効果をあげるのが、心停止のなかでも、心室細動(VF)です。心室というのは、実質的には、全身に血液を送るポンプの役割をする「左心室」のことです。左心室が、ギュッとしぼむことで、左心室から大動脈に血液がドッと流れるのですが、左心室がブルブル震えるような動きになってしまい、血液が心臓の中に入ることも、出ていくこともできないような状態になってしまうと、心停止(全身に血液が送れない)になります。そこで、ブルブルとまちまちに動いていた心筋達を、一気に大きな電流でショックを与え、その後に規則正しく、ポンプのように動ける正しい電気が流れるよう促すのです。

 心室細動(VF)は、心臓がブルブルしていることが外から見えるわけではありませんので、心電図をつけて、バラバラのおかしな心電図波形になっていれば、「VFだ!除細動を!」となるわけです。

図:心室細動(VF)の心電図

VFとは、このようなバラバラの波形です。
反対に、規則正しく動いている心臓の波形は、例えば下の図のような感じなので、VFの心電図はてんでバラバラに心筋たちが動いている感じが、なんとなくわかると思います。

図:規則正しく動いている心電図

 そして、今日、裁判官が鑑定人に騙されたのは、この心電図の波形に付いてのお話です。

鑑定人が作り出した「独自の心電図波形」

とある大学病院の准教授ともあろうお方が、鑑定書に「独自の心電図波形」を作り出して説明していました。

なんですか?「Slow VF」って?
え?「呼ぶことにします」って、勝手に医学用語作らんといて、と突っ込みたくなりましたが、医学の世界は日進月歩、私の不勉強で知らない概念があるのかもしれない、勉強不足かもしれないと焦って、循環器内科専門医10人に聞いて回りました。

「Slow VFというような言葉や概念、先生は使われますか?」

「どこに載っているんでしょうか」是非、教えてほしい、と。

30代~70代まで色々なキャリアの先生に聞いてみましたが、10人とも、「何それ?」、「Slow VTの間違いじゃないの?」とおっしゃっていました。違うんです「Slow VF」。

私が意見を聞いた先生方が仰っていたように、同じような言葉で、Slow VT(スロー・ブイティー)というものはあります。Slow VTとは、心室頻拍に似た波形を示す(幅広く変形したQRS波が連続して出現)、心拍数が100回/分前後の比較的安全な不整脈のことです。それに、Slow flowからVF stormになることもあります。VFの嵐になっていく、ということです。しかし、Slow VFなんて聞いたことも見たこともなかったので、英語論文も含めて探しましたが、ありませんでした。

 しかし、くだんの裁判官が急に言い出すのです。「一応、専門家である鑑定人が書いておられることだから、そういう呼び方をする波形があって、AEDで除細動をしても効果がないような特殊なVFがあるんじゃないのかと思っている・・・」と。あぁ、このレベルの裁判官でも騙されてしまうのか!と思った瞬間でした。やる気のない裁判官が、鑑定人の意見だけを頼りに判決を書くことは珍しくありません。しかし、今回の裁判官はもっとしっかり医学的なことを理解しようとしてくれていただけに、ショックを受けました。

鑑定人は、医療機関のドクターたちを守りたい一心で、医学用語まで作り出し、まことしやかな鑑定書を書いたのだろうと推測できます。でも、皆さんは、どうお感じになりますか?おかしな医学用語を作り出してまで、おかしな鑑定書を書く元帝大系国立大学の循環器内科専門医の准教授。プライドはないのだろうか、と思うのは私だけでしょうか?

一日も早く、全ての鑑定人の鑑定文書が、名前や肩書も全てオープンにされる時代が来ることを祈るばかりです。

 騙されてしまう裁判官は、医学の知識がないので仕方がないのかもしれません。しかし、この事故では、若い元気な女性が寝たきりになってしまった、ご家族にとっては大変な状況です。鑑定人には、患者側のそんな事情は理解できなくても、せめて客観的で中立な立ち場で、ウソは書かない、くらいのプライドは持ってほしい、と思います。それにしても、積極的に裁判官を騙してもなんの罪にも問われないというのは、「虚偽鑑定書作成罪」という罪が刑法にあるのに、本当に無意味な罪だと、やるせなくなります。「偽証罪」も同じです。医師が法廷で、はっきりとウソを証言しても、今、医療裁判で「偽証罪」が問題になることはまずありません。裁判官も「虚偽の証言をすると偽証罪になります」と一応、宣誓したあとに言いますが、実際に偽証してもお咎めはありません。

 医療分野に特化し、専門として扱う弁護士は日本全国でもまだ数えるほどしかいません。「医療専門」と謳っている弁護士さん達の取り扱い事件数は、医療機関側の弁護士には到底匹敵する件数ではありません。常時、数十件の医療事故や医療ミスを扱っている立ち場として、医療裁判のリアルな現実を知ってもらう情報を発信し続けることも仕事の一つだと思っています。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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