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医療訴訟は勝てない?患者側の医療専門弁護士が、なぜ医療訴訟が勝てないといわれるのか解説します

2023年11月22日 | コラム

“医療訴訟は勝てない“
そんなイメージを持たれている方は多いのではないでしょうか。

医療訴訟が勝てないと思われている理由と、解決の方法として実は多く選択されている「裁判上の和解」について解説します。
医療訴訟には知識と経験を持つ弁護士が必要です。弁護士を選ぶポイントもお伝えしていますので、ぜひ参考にしてください。

医療訴訟は年間どのくらい提起されている?

令和4年に新たに提起された医療に関係する訴訟は、647件です。これは最高裁判所が公表している速報値ですが、毎年700~800件前後の医療訴訟が起きていて、平均の審理期間は約25ヵ月、つまり解決まで2年以上かかるのが通常です。(詳細なデータは最高裁判所「医療関係訴訟に関する統計」をご覧ください。)

医療関係訴訟の新受件数と平均審理期間

医療訴訟の認容率

認容とは、原告の請求が全て、または一部認められることをいいます。
医療訴訟の認容率をみてみると、通常訴訟の認容率(人証調べ実施なし)が80%を超えているのに対し、医療訴訟は20%前後ととても低いです。裁判の判決になる場合には、5件に1件程度しか認められていないということです。

通常訴訟と医療訴訟の認容率

認容率だけに注目すると、時間とお金、そして多大な労力をかけて戦っても、“医療訴訟は勝てない”と感じてしまうかもしれません。

判決による勝敗が全てではない

判決での勝ち負けだけではなく、訴訟外で話し合いによる解決(示談)がされていたり、裁判上の和解で終局している事件も多くあります。そのため、「認容率」と「患者の損害賠償請求が認められるかどうか」はイコールではないということです。
実は、医療訴訟の半数以上は裁判上の和解で終局しています。

医療訴訟の解決方法

裁判上の和解とは

和解とは、民事上で争う当事者が、双方の合意によって紛争を解決することをいいます。一般的には、裁判所が関与しないものを「示談」、裁判所が関与するものを「裁判上の和解」と呼びます。

裁判上の和解はいつ行われる?

原告と被告が合意すれば、いつの時点でも和解はできます。裁判官が仲裁するような形で原告と被告が話し合い、紛争を解決します。

本来、訴訟手続きのどの段階でも「裁判上の和解」の手続きは行うことができますが、医療訴訟では最終局面で試みられることが多いです。なぜなら、医療訴訟は原告(患者側)と被告(医療機関側)の主張が真っ向から対立することが多く、双方の主張と反論を繰り返し、争点を明確にしていきます。そして、裁判所が、判決に書く内容、つまりどちらを勝たせるのか、ある程度意向を固めてからでなければ和解の内容を原告と被告に提案することができないからです。

裁判上の和解と判決の違い

裁判上の和解には、紛争をそれ以上長引かせずに終わらせるという大きな役割があります。そのため、和解をすれば、その時点で双方の合意のもと一連の訴訟手続きは終了します。判決を待っても望んでいる結果が見込めない(負ける可能性が高い)、あるいは裁判所からある程度患者側の意向に沿った和解案が提示された場合(勝訴的な和解内容)などは、和解を受け入れるメリットがあるといえます。

判決を求めた場合、勝訴、敗訴にかかわらず判決内容に不服があれば控訴・上告ができます。当事者の一方または双方が控訴(高等裁判所での審理を求めること)や上告(最高裁判所での審理を求めること)をすれば下級裁判所(最高裁判所を除く裁判所)では決着がつかず訴訟は続きます。

もし、原告(患者側)が敗訴した場合、賠償金はゼロ、一円も受け取ることができません。反対に、勝訴した場合は判決で認められた損害賠償金額に医療事故の当日から5%あるいは3%の利息(遅延損害金)が加算されます。訴訟のために裁判所に支払った印紙代を被告側が一部負担することもあります。

和解を受け入るのか、判決を待つのか、このようなことを慎重に検討する必要があります。

医療訴訟は専門性が高い

医療訴訟は非常に専門的で、医療訴訟の経験が豊かな精通した弁護士でないと、医療行為に問題があったのか、なかったのか、それすら判断できません。医学の基礎的の知識がないと、基本であるカルテを読むことすら難しく、協力してくれる専門医を見つけなければ何もできない、何もわからないという状態になります。

その専門性の高さから医療を専門とする患者側弁護士はまだまだ極めて少ないのが現状です。医療訴訟を専門にしていると謳っている弁護士の多くは、他の色々な事件をやりながら、時々医療事件を扱っているのが現状です。

これも医療裁判が勝てないといわれる理由のひとつかもしれません。

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医療訴訟に強い弁護士の選び方

病院やお医者さん選びが難しいように、「医療事故」「医療過誤」「医療ミス」で弁護士を検索しても、たくさんの弁護士が、いかにも医療を専門に扱っているような情報を発信していて、誰が本当の専門家なのか、わからないのではないかと思います。

ここでは4つのポイントから本当に信頼できる患者側の医療専門弁護士の選び方を解説していきます。

①医療事故の勝訴経験があるか?

②患者様よりも医療事故の内容について理解できているか?

③カルテ開示と証拠保全の必要性を早期に判断できているか?

④カルテや画像をその場でみて説明してくれるか?

①医療事故の勝訴訴訟があるか?

医療訴訟は、日本全国で1年間に約700~800件提訴されていて、その認容率は20%前後とお伝えしました。ざっと考えて800件の訴訟のうち150件程度で少なくとも一部勝訴していることになります。

しかし、1億円を請求して100万円の賠償が認められた判決は、勝訴といえるでしょうか?

最高裁判所のデータでは、1円でも賠償が認められれば「一部認容」つまり一部勝訴として扱われます。とすると、和解などを除いて1年間に本当の意味で勝訴判決を得られている患者側弁護士は、わずかということがわかると思います。

そんな中でも、常に医療事件に果敢に取り組み、示談や和解が難しく最後まで戦う必要がある「判決」に至る事例を扱って、それも「勝訴」する事ができる弁護士は、ごくわずかしかいないということがわかります。示談や和解で解決したことのある弁護士だからといって、医療機関側の超専門性が高く何十年も医療機関の弁護をしてきた病院側代理人を相手にした訴訟をすることは極めて困難な仕事ということです。

弁護士側の立場で考えると、常に扱える事件の数は限られています。簡単なトラブルと異なり、医療訴訟に本気で取り組むためには、医療以外の事件を扱っている暇など全くありません。
検討に非常に時間のかかる医療訴訟を本気で、1件ずつ取り組もうとすれば、私のように医学部で4年間基礎をたたき込まれ、その後病院で医師の経験を数年したとしても、医療訴訟を同時に20件以上扱うことはほぼ不可能です。

そうすると、医療訴訟で本当に勝訴した経験があるのか調べることでその弁護士さんの「医療訴訟」に対する本気度がすぐにわかります。(患者さんが勝訴して判決になったものは一般の方も判例検索をすれば調べられます。)

②患者様よりも医療事故の内容について理解できているか?

法律相談で弁護士さんに直接会って話す機会があれば、患者さん達よりも医療のことに詳しいかどうか、すぐにわかります。医療事故の被害にあった患者さん達は、不信感を持った時から、本当に医療事故なのか、仕方がないことなのか、一生懸命にネットや本、雑誌などで問題になった病気や治療法について調べます。

法律相談のときに、患者さん達よりも病気について知らない弁護士さんは、医療訴訟で勝てるのか疑問です。患者さん達の着眼点がズレていれば、ズレたまま裁判してしまい、負けてしまうでしょう。医療現場での考え方やガイドラインなどを、十分調べて考えるだけの知識がなければ、勝敗の目途さえ立たないのです。

③カルテ開示と証拠保全の必要性を早期に判断できているか?

どんなケースでも、すぐに証拠保全を勧める弁護士さんも、私は感心しません。

医療事故では、一番初めにやることとして病院からカルテや画像・ビデオを入手する必要があります。その方法として、証拠保全という、裁判所を通じた差し押さえ手続きを要するかどうか、慎重な判断が求められます。証拠保全手続きは適切に行えば、改ざんや紛失などのおそれは極めて低くすることができます。しかし、弁護士が保全申立書を作成し、裁判所で裁判官と面談・相談し、コピー業者やカメラマンなど専門業者を手配して、一度に確実に証拠を入手する必要があるので、通常、数十万円以上の費用がかかります。

本当に医療過誤といえるかどうかを判断する手前の段階で、数十万円かかってしまうのです。最初から、訴訟提起をする覚悟があるなら確実な証拠収集は重要です。しかし、医療事故なのかどうか、仕方がなかったことなのかもしれない、と思っている患者さんにとって、数十万円をかけてカルテを入手しても、結局ミスはない、あるいは裁判は難しい、ということになるかもしれないのです。

真実は知りたい、しかし、無理なら諦めようと思っている場合には、証拠保全手続きとは別に、患者さん自信でカルテ開示を求める方法もあります。カルテ開示は、証拠隠滅や紛失のリスクがないわけではありませんが、近年、大病院だけではなく小規模クリニックでも電子カルテが導入されています。電子カルテでは、建前上、カルテを修正したり加筆したりした場合には、その記録もすべて残り、出力(プリントアウト)の方法を工夫すれば修正した前後のカルテも入手することができます。(カルテ開示をする際の注意点はこちら)

一方、手書きカルテのままという医療機関では証拠保全で書き換えを防ぐ必要がありますし、手術ビデオや医師・看護師の電話通話記録や勤務状況など通常のカルテ開示では入手困難なものがあります。このように、カルテ開示や証拠保全手続きをするかどうか、を判断するには、その事件にとって「重要な証拠」が何かを、カルテを入手する前の段階で、見極める能力が必要になります。

ここまで読んだ方ならわかると思います。「カルテを取ってみないとわかりません」「専門医に意見を聞かなければわかりません」という弁護士さんには、「では、弁護士さんは一体どこまでわかっているのか」、ということをきちんと聞いたほうがよいでしょう。

④カルテや画像をその場でみてくれるか?

医療過誤など専門性の高い分野では、弁護士さん自身が重要な証拠を見極める力が必須です。

建築訴訟なら、建築の工程表や設計図が読めなければ訴訟で勝つことは不可能ですし、特許訴訟なら特許申請書や科学技術の内容がわからなければ勝てません。医療訴訟では、もっとも重要な証拠である「カルテ・診療録・画像」が読めなければ勝てないのです。専門医がいなければカルテも読めない、そんな弁護士さんに依頼すると、相手から反論されるたび、書面を作るたびに専門医に聞きにいかなければならないのです。専門医が訴訟に関わってくれなければ、医療の専門集団に対抗して勝つことは不可能だからです。

専門性の高い医療分野では、特殊な検査や特殊なカルテもあります。たとえ協力医が手伝ってくれたとしても、医学的な基礎知識がなければ、特殊な検査の意味や目的について、専門医と会話をすることすらできません。医学知識がなければ、外国語の訴訟をするようなものなのです。専門医はあくまで専門知識について通訳をしてくれるだけです。通訳に、何を訳してもらうか、訴訟に勝つために何が必要か、法律的にどのように組み立ててゆくか、弁護士が判断して進めていかなければならないのです。

医療事故に遭ったあと、さらに、専門外の弁護士さんに依頼して弁護過誤レベルの対応に遭う二次被害になることも珍しくありません。迷っているときは、正直に、その弁護士さんの経験や能力を質問する事が必要です。医療事故の紛争解決は、示談などの話し合いの場合でも1年以上かかることが珍しくありませんので、本当に長い戦いを一緒に頑張れるか、弁護士と信頼関係を築いていけるか、弁護士との相性も非常に大切となります。

医療訴訟は超専門的!知識と経験のある弁護士に依頼を

”医療訴訟は勝てない“といわれていることの真の意味や、訴訟外での示談や裁判上の和解によって解決している事件も多くあることがおわかりいただけたでしょうか。医療訴訟が専門的で、取り扱うこと自体が非常に難しいことや、医療訴訟は時々やって勝てるほど甘くないものであることについてもお話ししました。そして、弁護士選びは、ご自分の目や耳で、本当に信頼できる弁護士さんを探すことをおすすめします。

私のところに相談に来る方々は、医療従事者(医師・看護師など医療に関わる仕事をしている方)が非常に多いです。私一人で全ての患者さんやご家族を救うことは難しいですが、本当にひどい事故に遭い、亡くなったり、ひどい後遺症に苦しんでいる患者さんやご家族を助けられたらと思います。この記事が少しでも役に立てば幸いです。

 

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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