心筋梗塞で入院していた70代男性を集中治療室(ICU)から心臓カテーテル室へ移動させた際、人工心肺(エクモECMO)の酸素配管をつなぎ変える操作を忘れて酸素ボンベの元栓を閉めてしまった
またか、という事故の報道でした。
報道によると、2026年8月11日、心筋梗塞で入院していた70代の男性の患者を、集中治療室から心臓カテーテル室へ移動させた際、担当した臨床工学技士が体外式膜型人工肺「エクモ」の酸素配管をつなぎ変える操作を忘れ、酸素ボンベの元栓を閉めてしまい、20分間弱、人工肺へ酸素が供給されない状態が続いたということでした。
人工心肺装置というと、とても複雑な機械を操作していたと思われる方もおられるでしょう。しかし、命をつなぐ人工心肺装置に少しでも不具合があると命にかかわるため、たくさんの警報アラームがついています。人工的に、人間に代わって肺や心臓を一時的に動かす器具ですから、当然のことです。
今回の問題について、またか、と思ったのは、「警報アラームが複数回鳴ったものの不具合に気づかず、別の医師が配管の誤りに気づき、酸素供給を再開した」というところです。
鳥取県立中央病院は鳥取県の最後の砦として、1年間に1万6000人もの救急患者を受け入れています。
(鳥取県立中央病院から令和7年12月に発行された研究業績集第43集より)

7名の循環器内科(心臓内科)のドクターが所属し、年間500件もの心臓カテーテル検査を行い、200例のカテーテル治療(60例は緊急)も行っています。

医療従事者でない方は、この報道を見て、警報アラームが鳴っていたのになぜ気付かなかったの?なぜ、アラームをこんなに放置するの?と思われることでしょう。
作業にあたった臨床工学技士は10年以上の経験があるベテランで「正しく接続したと思い込んでいた」という話も、なぜ?と感じるところです。
しかし、ベテランだからこそ日々のルーチン作業についてチェックが甘くなり、見える範囲では、管自体は繋がっていたから大丈夫と思ったというところでしょう。
電車に乗るときに、車掌さんが確認をしている作業、毎日何十回もしているいわゆる「指さし確認」を医療現場では怠りがちだということなのです。
日本全国の電車は毎日ほとんど安全に時間通りに運行されていますが、その現場でベテランになるほど疎かになってしまう安全確認をわざわざ指差しをして確認する、その重要性を今一度確認しなければなりません。
駅のホームに人がいないか、扉は大丈夫か、信号は青になっているか、の作業についてベテランになるほど心理的に疎かになってしまう・・・人間は思い込みで動いてしまう動物であるということを、医療現場もそろそろ自覚する方がよいのではないかと思います。
今回の報道では、「器機を移動させた後も必ず二人で作業を行い、チェックリストに沿ってミスがないか確認するよう徹底している」とのこと。
そういった日頃何気なく過ごしているときには「こんなこと必要?」と思う作業が、見えない思い込みを取り除き、ミスを減らしているということを改めて考えなければなりません。
アラームが鳴り続けていても、その異常に気付かない・・・医療現場でのリアルは、ニュース報道の表面だけでは説明できません。
今回の患者さんは、心筋梗塞で入院し、集中治療室(ICU)にいたのです。辛うじて生きていた命を人工心肺に繋ぎ、原因となっている心臓の血管を開通させるためにカテーテル治療室へ移動するという緊迫した状況の中で、人工心肺以外にもたくさんの点滴やモニターが繋がっていたはずです。心電図や酸素飽和度も異常を示してアラームが鳴っていてもおかしくない状況でしょうし、どのアラームが鳴っているのかわからない、そんな状況の中で、酸素配管を繋ぎ変える操作を忘れてしまったと・・・臨床工学技士だけでなく、看護師も、医師も一緒にベッドで移動していた状況のはず・・・その状況で、誰も、その警報アラームに意を配ることがなかったというのが現実なのです。
その場で「指さし確認」のように、全ての接続部分について確認しなおす作業を臨床工学技士だけの責任にしてもよいのか、というところにこそ問題点があるように思います。
手術室で「ありえない!?」と思われるような医療ミスが起こるのも同じような状況
手術を受ける患者さんやご家族からすれば、「患者間違いや臓器の左右を間違うなんて信じられない」と感じられるはずです。しかし、外科医は毎日のように手術室に「勤務」することが日常です。
ベッドの上に患者さんが寝ていて、青い滅菌シーツで患者さんの顔が覆われ、ヘアーキャップをかぶり、口に管を入れられている状況は、ほとんどの患者さんが同じ。忙しい病院なら、一日のうちに、同じ病気の患者さんを何人も手術することも珍しくありません。
その状況で、臓器の左右を間違えたり、患者さん自体を間違えたりすることが起こりうるのです。
青い滅菌シーツは、臓器部分だけが無影灯に照らされている状態です。患者さんの顔を見ながら、臓器を手術するわけではないのです。それも全身麻酔で眠ってしまえば、患者さんは自分から声を上げることもできず、手術室にいる皆が思い込んでしまうと手術が始まり進んでいってしまうのです。
実は、同じ鳥取県でそんな事故が、つい最近も起こりました。なぜそんなことが?と思いますが、いくつもの人の思い込みが、次々に繰り返される形で、その患者さんは左右の臓器を間違えられてしまいました。
そのようなミスは、どこの病院の、どの手術室でも起こりうる事故です。医者がどれほど慎重な性格でも、起こりうる事故なのです。
しかし実は、日本中の手術室ではごく初歩的な患者や左右の臓器を間違えるというミスを避けるための工夫があります。
「タイムアウト」という儀式です。
手術の執刀は、テレビドラマでよく見るように、執刀医が「よろしくお願いします」や「始めます」など宣言をして、メスで患者の皮膚を切る瞬間に始まります。
しかし、その「始めます」宣言の前に行われるのが「タイムアウト」の儀式です。
担当の看護師が、手術のセッティングが終わり、執刀開始宣言をする直前に、患者の名前や、疾患名、どこの部位の手術なのか等を書いた紙を読み上げます。それを、手術の現場にいる外科医や麻酔科医、看護師たちが、皆で耳で聞き、用紙を確認し、内視鏡カメラやモニターを使う手術であれば、カメラでその用紙を撮影しておきます。
患者の名前が違えば、その場にいる誰か一人でも気づいてくれるはず・・・そんな安全文化が作ってきた大切な儀式なのです。
私自身は、外科医として手術室で仕事をしていた時には、なぜこんな儀式を毎回やる必要があるのだろうか?と感じていました。それも、研修医の1~2年目ですら、そんな風に感じていました。しかし今、患者間違いや臓器の左右間違いの医療ミスを担当するようになり、あの時の「タイムアウト」の儀式の重要性に初めて気づきました。自分は、毎日のように行われるタイムアウトの儀式に、ちゃんと耳や目を使って参加していたか?と問われると、胸が苦しくなります。
「あー、またいつもの儀式ね。看護師さんは、こういう決められたことをやるのが好きなのねー。さっさと始めればいいのに。」と当時の自分は思っていたからです。
なぜ、「タイムアウト」という儀式を毎回、どこの手術室でも必ず行うのか。
その儀式を始めた当初は、手術室の看護師長は短気な外科医達を相手に相当なストレスがあったはずです。でも、日本全国に根付いてきたのは、現場の看護師さん達の地道な努力があったからだと思います。
ここまで読んだ方は気づかれるでしょう。外科医が偉そうにしている手術室は危険だということに。
つい先日発生した京都大学脳神経外科での正常部位切除も同じような背景があるミスです。
病理医が正常組織だと言った部分を、切除し続ける・・・それをだれも止められなかったという手術室の雰囲気は、独特のものだと思います。もしかすると、看護師さんの中には「この先生で大丈夫なのか?」「この方法で大丈夫なのか?」等の疑問が浮かんだ方はおられるのではないかと思います。それを言える雰囲気ではなかった・・・それ自体が、今回のような事故が起こる背景にはあるような気がします。
いつもの儀式「タイムアウト」を、人工心肺の接続でも徹底しなければなりません。
カテーテル室に急いでいる状況では、循環器内科医達は、これから行うカテーテルのことで頭がいっぱいだったかもしれませんし、アラームに気づいても、大丈夫、大丈夫。という雰囲気だったのではないか?そんな中で、酸素飽和度などの患者さんが体から発するバイタルサインの異常(脳に酸素が十分に行っていないサイン)を見た誰かが、やっと「これはおかしい」と気づいたときには20分弱が経ってしまっていた、ということでしょう。
機械の警報アラームに対する反応は、日々忙しい現場で重症患者をたくさん見ている医療関係者程麻痺していきます。警報が鳴ることがあまりに日常的で、どうせ大丈夫だろうと思ってしまいがちなのです。
それでも、毎回「それいる?」と思うような指さし確認を念のためにやる。毎回やる。必ずやる。面倒でもやる。
そうしたことの積み重ねで、やっと、毎日の歯磨きのように、やらなければ気持ちが悪くなる、そこまで到達して初めて安全な現場といえるのです。
人間は、繰り返す作業が苦手です。
初めての時のモチベーションを維持することはできないのです。
能力があり、何でもできる人ほど、思い込んでしまったり、退屈してしまう、ということなのです。
安全でいることは、平和を保つのと同じように、とても難しく、面倒なことなのです。
鉄道や航空の現場では、その安全に対する人間の思い込みを減らす仕組みが長年にわたって研究されています。
機長一人で空を飛べるはずなのに、なぜ副操縦士がいるのか、なぜ何倍もの人件費をかけているのか。
他の業種で培われた安全を守り維持する方法。医療現場は、まだまだ他業種から学ばなければならないことがたくさんあると思います。




