当方(富永)のところに専門家の意見や感想が集まってきました!
2026年8月7日に京都大学病院の脳外科教授が謝罪した会見から2週間。
日本中の脳外科医のドクター達は当方以上に、あの会見に違和感を感じられたようです。
「あの会見は『熟練のある医師がミスをした』かのような誤解を狙った悪意ある嘘」だという連絡などが当方のところにいくつも寄せられました。
中には、「実情を知っている同業者であれば、京大のあの年齢の、やり始めの医師がミスをしたんだなということを意味するだけで、そこまで驚きはない」という衝撃の内容もありました。
京都大学脳神経外科の安全ではない手術体制についてコラム(8/10掲載 京大脳外科が脳外科が誤った部位を手術して謝罪、患者は寝たきりに(2026年8月7日)の報道を見て)を書いた当方に、「コラムを読みました」、「よくぞ書いてくれた」という意見に交じって、京都大学脳神経外科の知られざる事実を当方に丁寧に教えてくださったドクターもおられました。
今回紹介するのは、あくまで匿名のドクターのご意見ですが連絡をくださった方々のなかで連絡できる方にはコラム続報掲載の了解を得ましたので、ここでいくつか紹介したいと思います。
1、当方の知る執刀医の人柄と組織の悪しき伝統
複数の脳神経外科専門医から、今回執刀した脳外科医師(ここでは仮にX医師としておきます)のキャラクターや実力は十分で優秀な医師だったという意見が多かったです。
ただし、過去に2000例の手術を行ったという報道について疑問を呈するコメントがありました。
40代男性医師は、京都大学を卒業したエリートであり(京都大学には、京都大学医学部卒ではないドクターがたくさんおられ、京都大学医学部を卒業したかどうかによって区別するような文化が今も根強いようです。ちなみに現在の教授は、京都大学卒業ではなく・・・医局人事では、いろいろな感情が渦巻くという意見も。嫉妬というのは人間の最も恐ろしい感情です。)
X医師の人柄や実力については「非常に優秀との評価が多く、やや野心家の一面もあるとの評価もある」そうです。
前回の当方のコラムでも少しだけ紹介しましたが当方が京都大学脳神経外科を訴えている裁判の一つでは、X医師は緊急手術で血腫除去を決断してくれた命の恩人でした。
当方の担当している裁判は、先輩医師が執刀し術後に寝たきりになってしまったケースで、X医師は、術後管理をしていた当直の若い先生方が放置してしまって死ぬ直前状態になっていたところを、やってきてすぐに血腫除去緊急手術を行い患者さんを救命してくれました。患者さんの家族も、京都大学脳外科のなかでもX医師だけはまともで信頼できる先生だと信じていました。
しかし、京大は組織としての責任を認めず拗れて裁判となりました。
裁判になると他大学教授になった先輩医師の代わりに、救命したX医師が裁判を担当させられ「過失はない」「問題はなかった」という作文をし、イラスト図まで自作して、組織を守るために一生懸命に反論を作ってこられました。
手術の後に出血性静脈性梗塞(小脳出血)が起こりましたが、『出血は吸収されるから出血したところを切除しなくてもいい』という論理のようです。
しかし、この出血した部分が自然に吸収されると本気で考えておられるとしたら、脳外科医としての感覚を疑います。
X医師について、複数のドクターから「X医師は、非常に優秀だ」というご意見をお聞きしたことを踏まえると、嘘だとわかっていて書いておられたのではないかと思っています。
手術の時にはパンパンに脳が腫れあがって血も流れることができず蒼白になっている小脳や、梗塞(脳組織が死んでいる)部分や出血(血腫になった血のプリン状態の部分)を吸引除去したことなどが克明に記録されています。
腫れあがってしまった小脳から血腫を取り除いて命を助けたのはX医師なのです。
血腫除去をすれば命をつかさどる脳幹という部分が押し付けられてしまい寝たきりになることもなかったのだと、X医師は知っていたからこそ、この手術をしてくれたのです。
その本人が・・・裁判では『血腫は自然に吸収されるから取らなくていい』という説明をイラスト図まで作って主張しなければならない・・・という、大学病院という組織の不合理。
嘘を強要されることは誰にとっても辛い仕事です。
大学医局に所属するというのは本当に大変なことで、気の毒だとは思っていましたが、そこまで医局の(教授の)ために仕事をしてきたX医師に対し、今回の会見での病院側からの発言が極めて冷たいことに驚きました。
今回の事故のことを、医師本人に「慢心があった」などという発言が平気でできるのです。
優秀なX医師は、病理医から「正常組織だ」と聞いておられたら、正常組織を切除しつづけなければならないと思うでしょうか?
途中で手術をやめられなかった何かの事情があるのではないか?と考えるのは邪推でしょうか?
背景にある事情は、本当にX医師の慢心だったのでしょうか?
家族に対してとても丁寧に説明をされ、一生懸命だったというX医師と「慢心」という言葉が、当方の中では一致しないのです・・・
今回の報道についての意見を寄せていただいた方の中には、元京都大学脳外科の医局員だったというドクターもおられます。
京大脳外では「画像で見えた腫瘍は全部きれいに取れ、という代々引き継がれた悪しき伝統の影響だったのではないか?」というご意見でした。
京大では「患者のQOLを考えて手術せず経過を見るとか、一部切除だけでやめておく、という発想が乏しく、とにかく腫瘍をきれいに取れたかどうかで評価される雰囲気がある」というコメントもありました。
今回の事故についての大学の対応を見て、思い出したことがあります。
前教授である宮本亨教授が行われたタケダ君への脳外科学会としての処分です。京都大学脳神経外科学の先代の宮本教授は、日本脳外科学会の理事長も歴任された(一般的に言えば非常に偉い)先生ですが(今、流行っている言葉でいえば「脳外科学会のドン」でしょうか?)京都大学脳外科の属国といわれている滋賀医大脳外科の医局員だった「脳外科医タケダ君」を、学会理事長として断罪されました。
一般市民的視点からすると自分の属国出身者でも悪しき尻尾は躊躇なく切り落とす・・・
脳外科学会全体の利益を考えれば、悪しき尻尾はごく例外的存在で、処分すれば大丈夫だということを示したかったのでしょうか・・・
2、『2000件の経験』は本当か?
今回寄せられた中で、特に多かったコメントは「2000件?そんなわけない」という意見でした。
元京都大学脳外科の医局員だったというドクターからは「京都大学脳外科では、教授、准教授(助教授)、講師になるまで脳腫瘍や動脈瘤の本格的な手術をさせてもらえない体制になっているはず」というお話もお聞きしました。別のドクターからは、「医局長になったばかりのX医師が過去に2000例の手術を行ったという内容は到底信じられない」というご意見も。
今回問題になった腫瘍は小脳と脳幹が関係する部位にある小脳橋角部腫瘍だと思われますが、小脳橋角部腫瘍の頻度は1年間で100万人に一人、生涯にわたって500人に一人ぐらいの頻度の腫瘍です。しかも、ほとんどが良性腫瘍で小さい腫瘍は症状がなければ手術はいりません。
日本の人口が今や1億2000万人弱ですので、1年間に120人程度の患者さんしかいません。
日本には約80の医学部があり、大学病院以外でも腫瘍の手術をしている大きな病院もあることからすれば、小脳橋角部腫瘍は「1年間に一つの大学病院でも1件あるかどうかという数」になります。
X医師が20代の20年前から自分で執刀していたはずはありませんので、助手として立ち会った経験を含めても1年に1件あるか・・・それを『脳神経外科で2000件以上の手術経験があり、同じ部位についても100件ほど執刀してきた』というのは、果たしてどんな手術も含めている数なのか?メスを握る執刀医ではないのは明らかですし、三番目の助手のような遠くから見てるだけ、という参加方法も含めなければ届かない数では?と思います。局所麻酔の手術とか、ほんの少しの組織をとるだけの生検手術も含んでいる?など、脳外科医のドクターでなくても、謎は深まります。
コメントには「脳神経外科20年で2000例と聞くととても多いように感じますが、年間にすれば100例程度。その中には多くの短時間手術や血管内手術も含まれているのでしょう。30%程度は局所麻酔の手術の可能性すらあり得るのではないか」「京大脳外で中堅の入り口の先生が100例も経験していることはあり得ない」というものもありました。
総じて、果たして高難易度の手術を何例経験したのか?
主執刀医で行ったものなのか?
15分程度で終わる小手術もそのうち何例もあったのではないか?
何をもって「同様の手術を100例経験している」と会見で発表したのだろうか?
京都大学での実態を知っておられる方からすると「おそらく同様のアプローチの手術の完全執刀は良くて10例あるかどうかではないか」、「もしかするとはじめてだったのではないか」などというご意見も。
3、見取り稽古なる前時代的教育方針?!
今回の報道を見て寄せられたコメントには、「一般の方を騙している会見だ」という厳しいご意見や、「熟練したベテラン医師が行ったと印象付けたいという意図が透けて見える会見だった」というコメントもありました。
その方々のお話では、「京都大学では代々見取り稽古なる前時代的なものを踏襲している傾向が強く、見て覚えろ、執刀のチャンスが回ってくればものにせよという考え方が文化だった」と。
「とにかく10年目までは雑用、大学院、研究、その後はスタッフとして研究活動、レジデントの教育、術後管理、雑用に追われてようやく回ってきたチャンスはもう40歳を過ぎているという実態がある」らしく、「40歳を過ぎてから執刀を行い始めた人間が、会見ではベテランとしてカウントされていることに非常に違和感を感じる」という意見もありました。
「論文業績や雑用などを地道にこなし選ばれた人が集約的に手術を行う傾向にあり、高難易度手術を上級医の指導の元少しずつ低学年から行う教育システムはない」という意見も。
京都大学に入院できれば安心だと思っておられる京都(近畿地方)の住民からすれば本当に恐ろしい話です。
会見を見て、X医師に同情する意見もありました。
「通常の医局であれば、このようなやり始めの医師には上級医のサポートの元手術を行うことが多いのですが、そのような文化がなく・・・見て学べ、チャンスをものにせよという風潮から、手術中にどこにいるかわからなくなるdisorientation(迷子の状態)に陥っていたとしても、その後の評価に関わるため、上級医に相談できなかったのではないか」「可哀そうだ」という意見も。
迷子になって見捨てられたX医師・・・
本当にこれらのコメントが事実なら、会見をした病院長や脳外科教授は、これまで言うことをきかせて育ててきたX医師に、ほぼ初めての状態で執刀させてみて、迷子になって、ミスをしてしまったら、それは「本人の慢心」と言い放つ・・・トカゲのしっぽ切り・・・X医師が今どんな気持ちで毎日を過ごしておられるのか心配です。
法律的には、医師はたとえ初期研修医であっても自分が行う医療行為の責任を取らなければならないことになっています。
本人の判断ミスはあったのでしょう。しかし、迷子になったところで助けてくれと言えなかった、後戻りできなかった、そのような体制の医局そのものを問題にすべきではないかという切実な思いも寄せられています。
京大で助教授以上を経験されたドクターからは、「この死線を乗り越えた医師が各々の大学の教授選に出ていくという長年の流れを問題にすべきではないか」と・・・死線って、患者さんを実験台にして・・・それを乗り越えた、という意味でしょうか・・・
外部委員の先生が加わって事故調査がされるとのことですが、どのようなお立場の先生なのか、京都大学が大学として発表した手術症例2000例の内容や、X医師だけではない若手医師の教育方針にまで踏み込んだ調査ができるでしょうか。
患者側弁護士である当方としては、被害者である患者さんやご家族の納得が一番大切ですが、今後の真の安全を考えると、X医師の経験や意見が反映されなければ今回の事故の本当の姿は明らかにならない気がしています。
X医師も、ある意味では『大学病院』という組織や医局の被害者でしょう。
医局の中で今、おそらく何も言うなと言われているであろうX医師個人を守る方はいるでしょうか?
組織を守るための病院側代理人(弁護士)はX医師個人のことは考えてくれません。組織や保険会社の支払う賠償金が、少しでも低くなるように活動することが仕事の目的だからです。
最後に
今回、当方の稚拙なコラムを読んで感想をお寄せいただいたドクターには、この場を借りて心からお礼を申し上げたいと思います。
医療は極めて高度な技術や判断を要するものです。ミスはどんな人間でも起こりえます。だからこそ、自動車保険を選ぶ時のように、是非、自分自身が加入している保険会社や組織は自分を守ってくれるだろうかという視点で医療裁判のニュース報道を考察していただきたいと思っています。
ドクターひとりひとりの視点こそが、日本の医療訴訟や賠償実務、医療事故調査を変えていく力だと心から信じています。
今回の重責を担う外部委員の先生方には、是非、今、自責の念で苦しんでおられるであろうX医師の考えや思いにも言及し、医師個人の見解や意見にも配慮した、組織としての問題点も明らかにする調査報告をして欲しいと心から思います。




